第31話 望まぬ再会


 王国騎士団の補給はずいぶん強引で、あっという間に町の食糧は備蓄も含めて根こそぎ持って行かれたそうだ。

 それによりエリアボス探しに参加しないナフィラの冒険者や兵士は、町の備蓄のために奔走することになる。

 ティハも事情を聞いて、クッキー作りにより勤しむことになった。

 魔法付与のアイシングクッキーと魔力底上げクッキーは二百マリーほど期間限定で値下げして、売店に置いてもらっている。

 ただし、エイリーと売店の店主の判断でナフィラの者にのみ合言葉をかけて答えられた者にのみ販売する方式。

 そこまで警戒する必要があるのかなぁ、とティハには思えるのだが、この方式が正しい、と冒険者や兵士は一つも文句を言わずに購入していくんだとか。

 

「この場合、王国騎士団がそんくらいやばいってことなんですかねえ」

「ウキー?」

 

 魔力をたっぷり注いだ小麦粉に溶かしたバターと砂糖、塩を少々加えて魔力をたっぷり含んだにんじんをすり下ろして入れる。

 魔力底上げクッキーは一目でそれとわかるように野菜を混ぜて、色をつけていた。

 あとは、少しでも栄養が摂れるように。

 ホリーの話では想像以上に遠征中の食事は質素。

 パンも数種類、たくさん焼いて持たせたけれど、優しい彼のことなので他の冒険者にも分け与えてすぐなくなってしまうだろう。

 もちろん、そのパンを作った小麦粉にもティハの魔力がふんだんに含まれている。

 彼らの助力になればいい、とクッキーのタネをこねながら思っていた時だ。

 玄関の扉がコンコンとノックされた。

 

「んぇ? どなたですかねぇ?」

「ウウウウウ……」

「んん? どうしたんです? スコーン。なんで怒ってるんですか――」

「ゥウゥゥゥ!」

「リンゴまで」

 

 どうしたんですか、と思いつつさらに催促するように音を強くして扉を叩く何者か。

 二匹に「お客さんの前ではいい子にしてるんですよー」と言い聞かせて玄関に向かう。

 この何気ない一言が、従魔にとっては“主人の命”になるとも知らず。

 

「はぁーい……」

 

 扉を開けるとそこにいたのは笑顔の騎士五名。

 ナフィラの騎士ではない。

 彼らが纏うのは王国騎士のもの。

 目を見開く。

 

「リヴォル様とマリアーズ様がお待ちです。ご同行お願いいたします、ティハ・ウォル様」

「………………え、と……なん……ででしょうか……?」

 

 出された名前に一度生唾を飲み込む。

 リヴォルとマリアーズは、長男と長女の名前。

 両親以上にティハを毛嫌いしていた長男リヴォルと長女マリアーズ。

 彼らが来ていることは、ホリーとエイリーの話から知っていた。

 けれど、家を出たティハがこの町にいることは知らないはず。

 調べられた? なぜ?

 

「お二人は王国騎士団駐屯地にいらっしゃいます。こちらへ」

「あの……!」

「おい、転移開始」

「ああ」

「っ……!」

 

 ティハの話を聞くつもりはない。

 彼らもまた、傲慢な王都の貴族。

 強制的に腕を引かれ、魔法騎士によって転移陣に乗せられる。

 振り返ると、歯茎を見せて唸るスコーンとリンゴ。

 

「来ちゃダメですよ! ホリーさんの留守のお家を、守っててくださいね!」

 

 そう叫び、光に包まれる。

 目を開けると次の瞬間、広い場所に複数のテントが張られた場所に立っていた。

 騎士に取り囲まれ、そのまま一番大きなテントに連れて行かれる。

 嫌な予感は当たるもので、その大きなテントには数年ぶりに見た長兄と長女がニタニタと笑いながらふんぞり返って座っていた。

 

「…………」

 

 死ぬ。殺される。せっかく共に一生を生きようと約束した人と出会ったのに。

 血の気の引いた顔でなにも言わずにいると、リヴォルが「お前がこのクッキーを作っていたらしいな」とテーブルにティハの作ったアイシングクッキーと魔力底上げクッキーを放り出してきた。

 ひゅ、と喉が鳴る。

 あれほど警戒していたというのに、バレていた。

 やはりティハが呑気すぎた。

 エイリーや売店の店主が気を遣っても、王国騎士が本気で調べたらバレるのも時間の問題だったのだろう。

 

「驚いたわ。屋敷にいた頃、わたくしたちの食事もお前が作っていたんだってね」

「…………」

「つまり我らの破格の魔力量は貴様の料理のおかげだったと言うわけだ。魔物以下のお前にこんな使い道があるとは思わなんだ。ヴェイルには『どこかで野垂れ死んでいるだろう』と聞いていたが、こんなところで田舎者どもに助力しているとは魔物以下が生意気に!」

「わたくしたちのためにこそ魔力を使うべきでしょう? 仮にも出来損ないとはいえ、お前はウォル家の人間なんだから」

 

 なにが言いたいのかわからず、ただ怒鳴られていることに怯えて目を瞑り俯いた。

 リヴォルの怒声は終わりがなく、ごめんなさいと呟き続けても効果はない。

 死にたくない。

 ホリーのところに帰りたい。

 なんとか返してもらえないか、願うことすらおこがましいとテーブルを殴られた時に悟った。

 やはり、期待なんてすべきでなかったのだ。

 姉がまたなにかを言って、兄が椅子から立ち上がってティハの髪を掴む。

 

「い、痛……」

「エリアボスを討伐するための魔力になってもらうぞ、魔物以下の出来損ない。たっぷりと感謝しろよ! 我らに貢献できることを!」

「っ……」



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