第30話 三日間の休息


「知らんですねぇ~? そういえば子どもってどう作るんですか~? 鶏とかだと卵から雛が産まれてくるんですよね~。でも人間の卵は聞いたことないですし~? ホリーさんは知ってるんですか? あ、もしかして、これは常識とかなんですか〜? 知らない方がおかしい〜?」

「ええと……そ、そうだな。人間族は男女でつがうことが普通だが、鬼人族は強さ雌雄を決する。メス側になった者はその……オス側を体内に受け入れたあと、魔力器マジックべセルズの中で子を育てる。鬼人族の魔力器マジックべセルズは肉体よりも大きく、それで身体強化を行うことで肉の器が超硬化して簡単には傷つかなくなるからな。それでまあ、その……一年から一年半、魔力器マジックべセルズ内で十分育ってから母体の魔力器マジックべセルズ内魔力をごっそり持って生まれてくる。その時、魔力のほとんどを失う母体は非常に危険になるので、夫は妻へ魔力を注ぐ。が……ティハは魔力を回復できると聞いているから妊娠出産も比較的安全に行えるのではないかと思っている」

「ほえ〜〜〜〜」

 

 人間とは違うんですか〜と聞くと思いきり顔を背けられる。

 違うらしい。

 しかし、体内に受け入れる、とは?

 なんとなく魔力器マジックべセルズで育つのはわかったが――

 

「……僕、多分産めないと思いますねぇ〜」

「え? いや、なぜそう思うんだ?」

「聞いた感じ、魔力器マジックべセルズで育つのはわかったんですけど〜……出口になるのはきっと魔門眼アイゲートですよねぇ? 僕は魔門眼アイゲートが機能してないんで、赤ちゃんさんを魔力器マジックべセルズで育てられたとしても出てこれないですよ〜。それって……死んじゃいますよね〜? 擬似魔門じゃ絶対狭くて生きて出られなさそうですし〜……」

「っ……そ、それは……いや、それならそれで……子どもはいなくてもいい。国には兄もいる。俺は王位継承権も破棄しているし、俺に子がいる方がややこしくなるだろう。無理に子どもが必要というわけではないから、そういうことならただ、ティハとずっと寄り添っていければと思う」

「いいんですか〜?」

「ああ。君の隣にいられればそれが俺にとっての幸福だ」

 

 真剣な表情で頷かれる。

 ジッとその表情を見つめても、ホリーの眼は真剣そのもの。

 なんの嘘偽りもない。

 ふっ、と目を細めて笑顔になってしまう。

 この人の、こういう愚直なところも――好ましい。

 

「じゃあ、今のまま、このまま、ずっと一緒にご飯食べてほしいです。ホリーさんが望む間は」

 

 ――自分が生きていられる間は。

 

「本当に、いいのか? その、結婚……俺と、婚約をしてくれる、ということで」

「僕なんかでいいんでしたら、ぜひ〜。僕もホリーさんと一緒がいいです。今の生活がずっと続けばいいって思ってるって、気づいたんで」

「ティハ……! そうか……!」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせるホリーだが、すぐに少し複雑そうになる。

 なにか気になることでもあるのだろうか、と首を傾げるが「いや、こういうことはやはり結婚後にゆっくりと」とのこと。

 なるほど、結婚後は結婚後で色々と覚えることがあるんだろう。

 そういえばメイドの皆さんは「嫁に行くのに相手の家のしきたりとかを覚えなければいけない」等言っていた。

 ホリーの祖国は海の向こう。

 種族も違うし、この国とは文化も違う。

 特にこの国では男同士は結婚できないが、ホリーの国では可能。

 物知らずなので、むしろホリーの国のことを教わった方がいいのではないだろうか。

 

「ウキー」

「んぇ? おかわりですか? ダメですよ〜。食べすぎはお腹によくありませんからね〜。え? 僕があんまり食べてないから、残りをよこせって? ダメですよ〜。これは明日からのホリーさんのお弁当にするんですから〜」

「お弁当に……? 作ってくれるのか?」

「またしばらくはお留守なんですよね? 魔法袋に入れればいつでも美味しく食べてもらえるんで、数日分作りますね〜」

「本当か!? ありがとう! 干し肉スープの日々から解放される!」

「んぇえ……?」

 

 干し肉スープで過ごしていたのか。

 それは過酷だ。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「クソ! 田舎者どもめ! まったく役に立たない!」

 

 ドカッ、とリヴォルは上等宿の一等部屋にある椅子を蹴り飛ばす。

 地団駄を踏み、テーブルの手紙を千切り割いて床に叩きつける。

 予定の一週間を大幅に過ぎ、度重なる遠征延長申請に王都にいる騎士団本体から苦言を呈された。

 しかし、未だにエリアボスは見つからない。

 厄介なのはスライムや、夜間にアサシンローウルフなどの強力な魔物の奇襲。

 新エリアの傾向として、スライムが多く魔法師の魔力消費が非常に早い。

 だというのに冒険者たちの活躍が如実で、彼らはポーションで回復しているにも関わらず衰弱からすぐに回復して前線に復帰するためリヴォルたちの部下ばかりが犠牲になる。

 リヴォルの直属の副官にも「一度王都に戻り、態勢を立て直す方が賢明です。すでに部隊の四割が損傷している。これ以上の棋士の損失は、むしろ……」と言葉を濁す。

 せっかく連れてきた部隊を全滅……あるいは壊滅させるようなことをすれば、それこそ今までの功績は手のひらを返したように消え失せ『無能』と罵られるようになるだろう。

 カレンラ姫との婚約も、最悪立ち消えになりかねない。

 なにより腹が立つのは辺境伯一族の変わり者、エイリー・ナフィラ。

 元々王都にも名を轟かす研究者肌の高名な魔法師であったが、その地位と性格からリヴォルに散々噛みついてくる。

 穏やかにコーヒーを飲むマリアーズは、苛立つ兄を見て溜息を吐いた。

 

「お兄様、おかしいと思いません?」

「なにがだ!? やはりやつらはエリアボスを隠していると!? ではエリアボスはどこにいる!? 早く見つけ出して――」

「そうではなく、冒険者たちがポーションを使い放題なところです」

「それは……」

 

 リヴォルも不可解には感じていた。

 だが、明確な答えはわからず。

 マリアーズは作戦行動中に冒険者たちのポーションの使い方に気づき、何人かの冒険者に質問した。

 しかし、誰一人なにも答えない。

 辺境の冒険者は、平然と王都の高位貴族であるマリアーズを無視する。

 とんでもない無礼を指摘して叱り飛ばすが、やはり無視。

 

「無礼で愚かな猿どもには言葉が通じない。ので、部下に秘密裏に調査を命じておりましたの。そろそろその報告が届くはず」

「それがなんだというのだ」

「はあ、まったくお兄様ったら。……つまり、ポーションを使い放題のやつらの秘密がわかれば、部隊をこれ以上損傷することはない、ということです。そのことを手土産に、さらなる遠征延長もできることでしょう」

「なるほど」

「ともかく、この二週間で要領は得ることができました。この三日でしっかりと態勢を立て直し、補給をたっぷり行っていただいた延長日数を最大限利用してエリアボスを討伐しましょう。大丈夫。ここの冒険者どもを囮に使えば、倒すことなど容易ですわ」

 

 ふふ、と微笑むマリアーズに、リヴォルも歪んだ笑みを浮かべる。

 あの生意気なエイリーや、冒険者たちを前に出して戦わせ、自分たちはボスとやつらが疲弊した隙を狙って――。

 

「そうすることにしよう。ククククク……」


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