第29話 結婚話


「ティハ! ただいま!」

「ホリーさん、おかえりなさい〜」

 

 二日後、ついにホリーが帰宅した。

 疲れ果てた顔をしていたが、ティハに抱き着いてスー、と息を吸って吐き出す。

 リンゴがやきもちを焼いてホリーの頭をポコポコ殴る。

 

「大丈夫だったか? なにかおかしなことは? 騎士団もあまり町の方には来ていないから、接触はないと思うが……」

「あ〜、そうですね〜。買い物に行くと町の人が噂話をしているのには遭遇しますけど〜、王国騎士団の人は見なかったですね〜」

 

 これは本当だ。

 そう答えるとホリーは安心したような表情。

 けれど、眉根は寄って厳しい表情のまま。

 

「王国騎士団は一度町に帰還して補給をしたあと第三開発拠点から最前線エリアの駐屯地に戻る。だいたい三日後だな。俺も三日後、最前線エリアの駐屯地にまた行かねばならない」

「三日、ですか。あの、他の冒険者の方々は大丈夫ですか? さすがにもう、クッキーとかなくなっちゃってますよね?」

「ああ、かなり不安に思っていた。多目に持たせてもらえると嬉しいんだが……どうだろう?」

「いいですよ〜。引きこもっている間にたくさん作りましたから〜」

 

 玄関から家の中に戻り、ホリーの手を引く。

 ホリーは「ティハの料理が食べたい」と呟いた。

 たくさん、色々作り置きしている。

 温めてテーブルに並べますね、先にお風呂へどうぞ、と言ってホリーの手を離す。

 

(う、うーん、どう話したらいいんですかね~? 切り出し方が難しいです。せっかくホリーさんが帰ってきてくれたのに……)

 

 いや、どうせなら彼が風呂を終わらせ落ち着いて食事を取れるようになった時に、以前のホリーを手本にして切り出せばいいかな、と息を吐き出す。

 三十分ほどで風呂から出てきたホリーに、温めた食事と新しく作った今日焼いたパンとスープを差し出した。

 なんにしても、今日から三日間はゆっくりと休めると。

 

「今日はレーズンパンとミネストローネですよ〜。他のおかずはベーコンエッグとロールキャベツとフライドポテト、ニンジンの胡麻和物、ピクルスですね〜」

「美味しそうだ。すぐいただこう」

「は〜い」

 

 久しぶりのティハの料理だ、と目を細めて嬉しそうに食事に手をつける。

 リンゴとスコーンにも塩分なしの野菜と肉、魔石を砕いたものを混ぜて焼いたご飯を出す。

 魔物は魔石を食べる。

 肉や野菜は肉体を維持するのに必要な栄養だが、これらにもティハの魔力がふんだんに含まれているので魔石を砕いたものを消化しやすくなるだろう。

 二匹とも魔力がたくさん含まれた餌が大層嬉しいらしく、ガツガツと食べてくれた。

 

「はあ……美味い。やはりティハの料理は力が漲り、疲れが癒えていく」

「さすがにそんな効果はないと思いますけど〜」

「気の持ちようだろうか。ここ一週間は気を張りっぱなしだというのに、家に帰ってくることもできないほど遠くへ連れまわされていたからな。はあ……また三日後、あの傲慢な奴らと一緒に同行しながらティハの手料理を食べられない生活が再開後されると思うと、もう仕事を断りたくなってくる……」

「なはははは……ホリーさんがお仕事を断りたいというなんて〜……本当に大変なんですねぇ」

 

 それはもう、と静かに、しかし力強く頷くホリー。

 誠実で穏やかなホリーがここまではっきり言うとは、相当なのだろう。

 

「あ、えーと……実はホリーさんがお留守の間、僕、一つ気がついたことがあるんですよ〜」

「気がついたこと? なんだろうか? 家のどこかに補修が必要なところがあったか? 申し訳ないが、それは今回の王国騎士団の遠征が終わったらでもいいか?」

「んぇぁ……いや、そうじゃないんです〜。え〜と……あの〜」

 

 どう切り出すのがいいのか、頭を抱えそうになる。

 けれど、せっかく以前ホリーが真剣に真正面柄伝えてくれたのだから、ティハもそれに習おう。

 

「前に……ホリーさん、僕と一緒に生きていきたいって言ってたじゃありませんか〜? え〜と、結婚の話!」

「え? あ、ああ……え? 結婚……それは、あ、ああ」

 

 いきなりで狼狽始めたホリー。

 それに気づかずに、ティハはここ数日考えていたことを離す。

 ホリーがいなくて、寂しい――と感じたこと。

 自分もホリーと一緒にいる時間が失い難いものになっていたこと。

 

「僕、自分が一人で生きていた頃に戻れる気がしないんですよね〜。ホリーさんが僕の作るご飯をたくさん美味しく食べてくれるの、僕自分が思ってたよりすごくすごく嬉しかったみたいです。これからもホリーさんに、僕が作ったご飯やクッキーをたくさん食べてほしいんですよね〜。それって結婚ってことですかねぇ〜?」

「ん……………………んん?」

「んぇ?」

 

 反応が、思ったのと、違う。

 

「あれ、なんか間違えましたか?」

「いや、ええーと……俺が言っている結婚は……その……」

「んぇ?」

「………………っっっ……いや! まだ早いな! こういうことは結婚してからだな! うむ!」

「え? え?」

 

 なにか突然呻き出したと思ったら、顔を真っ赤にして俯き突然顔を上げる。

 結婚するしないの話から、結婚したあとのことを考えていた?

 

(ほぇ〜〜〜〜、ホリーさんは先々のことをいっぱい考えてるんですねぇ〜。偉いですね〜。僕ぁ学がないから、生きていくのにやっぱりホリーさんがいてくれた方が安心ですよね~)

 

 しかし、結婚後にはまた別ななにかがあるのだろうか?

 ティハの結婚の知識は『未婚の男女が屋敷を建てて住み、子どもを作って家を繫栄させる』くらい。

 

「いや、しかし……その……ティハ、それは、つまり……俺との結婚を受け入れてくれるということなのだろうか?」

「一生一緒にいるってことですねぇ? 僕は普通よりあんまり長く生きられないと思いますし、結婚は男女でするものだと思ってましたけれど、ホリーさんの国では違うんですよね。なにが違うのかよくわかんないですけれど」

「あ、えーーーと……結婚のあとに子どもをどう作るとか、そういうことは……し、知っているだろうか?」

「?」

 

 そういえば子どもはどこからくるんだろうか?

 言われると知らない。

 幼い頃に結婚するからと辞めて言った若いメイドもいたけれど、その先……結婚の先――。


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