第28話 討伐遠征(2)


 ウォル家長兄リヴォルの婚約者、第四姫カレンラ。

 彼女は暴力的なことを嫌い、花と鳥を愛で、刺繍を趣味とするお淑やかで内向的な女性。

 しかし四姉妹の中ではもっとも美しく、また姉や両親に末の子として大切に大切にされてきた。

 そんな彼女は妖精姫と呼ばれ、彼女を射止めるのは誰なのかと年頃の未婚の男は必死に争ってきたのだ。

 リヴォルは今回、家の力を使って無理やりに婚約者候補筆頭に躍り出た。

 国王から突きつけられた婚約の条件は『大きな手柄を立てること』。

 実に抽象的な条件だったが、今回のエリアボス撃破とエリア解放は誰の目から見てもわかりやすい“大きな手柄”として打ってつけ。

 婚約の確約を取りつけるために、ナフィラの人間をいくら消費しても、どんな手を使ってでもエリアボスを倒して解放をしなければ。

 

「お前たちも早く先へ進め! 田舎者どもに遅れを取るな! エリアボスを見つけ出し、討伐するのだ! 討伐した者には国から報償金と陞爵の権利が与えられるのだからな!」

 

 そう焚きつけて、王国騎士たちを先に行かせる。

 討伐するのは誰でもいい。

 手柄は討伐指揮したリヴォルと、マリアーズに転がり込んでくる算段なのだから。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「おい、王国騎士団の滞在がまた延長になったらしいぞ」

「冗談だろ? いつまで居座る気だよ。もう二週間以上経つぞ?」

「噂じゃあ領主様も相当気を揉んで抗議しているらしい。エイリー様が特にブチギレてたよ」

「どうせダンジョンの探索が手詰まりなんだろう? エリアボスを見つけるなんて、数ヶ月単位の仕事を数週間でやろうとしてんだ。無茶なんだよ」

「そうだよなぁ」

「諦めて早く帰りゃいいのに」

 

 商店通りに買い物に来ていたティハが、眉尻を下げる。

 予定では一週間だったら王国騎士団の討伐遠征は、三日延び、四日延び、ついに二週間間を超えた。

 さらに今日、一週間追加で延長すると発表されたらしい。

 さすがに商売をしている者は店を再開させねばならず、先週からちらほら、店を開けるところも出てきた。

 ティハも食糧を買いに来ており、そこで主婦たちの愚痴を盗み聞く。

 実は休んでいた中堅や新人の冒険者たちも稼がなければならないと、別エリアの探索を再開している。

 しかし、中堅上位から上級の冒険者がいないため深く潜ることは難しく、冒険者拠点を通してティハに「クッキー販売を再開してもらえないか」という手紙が何通も届いていた。

 彼らの生活もあるし、命の危険があることになにも変わらない。

 上級の冒険者たちも報酬がろくに出ない王国騎士団のお守りよりも、独自のやり方でダンジョン探索を再開したいと声が上がっている。

 領主一族の王国騎士団へのクレームは黙殺され、領主はいよいよ国王へ直訴を考えているとか。

 今までの生活に戻るためにも、冒険者たちの力になりたい。

 ホリーも奥地へ行っていて、ここ五日程帰って来れていないが手紙は届く。

 エイリーが再三「帰れ!」とキレ散らかしているも騎士団はエリアボスを倒すまでは帰れないと遠征延長を繰り返し、冒険者たちから食糧を奪うまでに至っている。

 一度町に帰還して、態勢を立て直すことを提案しているので、引き続き家に引きこもっていてほしい――と。

 なので大量の小麦粉と食糧を買い込み、ホリーの家に帰る。

 ホリーが帰って来ないので作り溜めたクッキーが売れないまま残っていた。

 

(冒険者さんたちに販売再開の嘆願のお手紙はきてるんですよねぇ……これ、北部支部に届けるくらいならいいでしょうか? 売店に渡してくれば、卸値手数料は取られますけど僕自身が出店で売る必要ないですし……冒険者さんたちも割高にはなりますけど、クッキーは買えるようになりますしね……)

 

 本当ならホリーに相談したい。

 ティハはまだ、なにがダメでなにがいいのかよくわからない。

 正しい選択をできる自信がないので、彼の助言がほしかった。

 

(僕って……ホリーさんがいないと自分のことこんなに決められない人間でしたっけ?)

 

 足下に擦り寄ってくるスコーンと、肩にしがみつくリンゴに頬擦りをしながら食糧を食糧庫に入れていく。

 小麦粉袋をソファーの近くに置いて、魔力を注ぐ。

 一人でいることは慣れているはずなのに、ホリーと出会って毎日一緒に生活していて――

 

(ああ……失い難いものになっている、って……こういうことなんですね)

 

 元の生活に、独りの生活に戻り難い。

 二人で生活する日々に慣れ、それがずっと続けばいいと思っている。

 まさか、自分が。

 そのことに驚いて、愕然とした。

 一人で生きて一人で死ぬものだと思っていたのに、自分はホリーとの生活を幸せに思っていたのだ。

 それこそ失いたくないものとして。

 この先も一緒に生きて行きたいと、思っている。

 それは、ホリーと同じ気持ちということではないか?

 

「ホリーさん……早く帰ってこないですかねぇ」

 

 ホリーが早く帰って来れるように、自分にできることはなんだろうと考える。

 彼に伝えなければ。

 返事をしなければ。

 どうやら自分もあなたと同じことを考えている、と。

 どんな顔で、どんな答えを返してくれるだろうか。

 遅いと怒るか、拗ねるか。

 それとも、今までのように嬉しそうな笑顔で喜んでくれるだろうか。

 できれば後者であればいい。

 でも、そうするためにもホリーが早く帰れるように自分にできるサポートをしなければ。

 

「僕ができること」

 

 視線をキッチンに作り置きしてあるクッキーに向ける。

 他の冒険者たちが探索を再開して、クッキーが彼らの助力になればもしかしたらホリーは帰ってきてくれるかも。

 そう思ったら、居ても立っても居られない。

 

「よし、明日から北部支部にクッキーを卸しにいきましょう!」

「ウキキ!? ウキキー!」

「うん、お出かけですよ〜」

 

 どうやらリンゴもお出かけしたいらしい。

 スコーンはどうでもよさそうな顔でティハの太ももに顎を乗せているけれど。

 きっとそれが自分にできる精一杯のサポート。

 

(ホリーさん、早く帰って来ないですかね〜。僕も頑張りますよ〜)




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