第32話 閉ざされた未来


 お菓子を作るのって楽しい。

 最近、お菓子――クッキーを作るとたくさんの人に感謝される。

 このクッキーのおかげで生きて帰ってこれた。

 このクッキーのおかげで、憧れの技スキルが使えるようになった。

 このクッキーのおかげで、仲間を失わなくて済んだ。

 クッキー以外も作ってみたら、お土産にここのお菓子を買って行ったらすごく喜ばれたとも言われる。

 最初は魔法菓子職人、なんて呼ばれて「大袈裟な」と思ったけれど、そういう職業もいいなぁと思い始めていた。

 自分のお店を持てた時、魔法菓子職人と……そう名乗ってもいいかなぁ、なんて――。

 

「――――――」

 

 長い詠唱が聞こえる。

 首輪、手枷、足枷をつけられ、鎖が四方八方に伸びて杭で固定された。

 手枷と足枷には内側に棘があり、立っていないと刺さって痛い。

 ガタガタと震えが止まらない。

 マリアーズが大きな金槌を手でトントン、と軽く叩きながら、近づいてきた。

 その後ろから王国魔法師が渋い表情のまま二本の杭をティハの手の甲に突き刺す。

 

「ぅあああぁぁぁあああああああっっっ!」

 

 血が飛び散る。

 魔法陣が血に含まれていた魔力を吸って光り始めた。

 王国魔法師たちにより詠唱が続けられ、魔法陣が駐屯地の中を敷き詰めるように拡がる。

 

(血……血……! ひ、人の血、使う魔法……き、禁術……!)

 

 付与魔法も魔法の一瞬。

 ユーリアに付与を教わった時に、彼女が魔法を習った人に「魔法を嗜む者が最初に学ぶ三箇条」と言って教えてくれたことを思い出す。

 一つ、魔法は人のためにある。

 一つ、魔法は使用上の用法を厳守すること。

 一つ、人の血を用いる魔法はすべて禁術。触れるべからず。

 痛みで倒れ込むと、手足の枷の内側の棘が突き刺さり、さらに血が流れて魔法陣に染み込んでいく。

 そして、それと同じくティハの体内から魔力も流れ出していく感覚。

 流れて出ていくが、自動で回復するため体は痛みの方が優先されて息が荒くなる。

 

「おお、これは……!」

「信じられません、これほどの魔力……。これは、これほどの魔力量なら、部隊全員に魔力を行き渡らせることができます!」

「いいわ、すぐにやりなさい。自動でこの魔力袋から部隊全員に魔力を行き渡らせるようにすれば、田舎者どもに遅れをとることはなくなる。強行軍でエリアボスまで行くことができるでしょう」

「リヴォル様、マリアーズ様! この贄は素晴らしい! これほど大量の魔力を持ちながら、排出してすぐに回復しておりますぞ!」

「なんだと? ……それはつまり……」

「あっはは! 本当!? それって魔力を無制限に使い放題ってことじゃない! こんな出来損ないにこんな使い方があったなんて……わたくしってば天才ね! こんな出来損ないに、わたくしたちの役に立つ使い道を教えてあげるなんて! ねぇ、お兄様!」

「あ、ああ……」

 

 意識が朦朧としてくる中、近くに立つマリアーズが高笑いしながらそう言う。

 彼女の手の甲には、簡易化された魔法陣が浮かぶ。

 急速に体から抜けていく魔力に、気分も悪くなっていく。

 長い間肉体を圧迫していた魔力器マジックべセルズの魔力が急速に抜けていくため、酔ってしまっている。

 回復も早いが、パンパンに張っていた魔力器マジックべセルズに隙間ができること自体がティハにはありえないこと。

 おそらくこの杭や、枷の裏側の棘が体を貫通して魔力器マジックべセルズに穴を空け、血を媒体にこの魔法陣に魔力を注いでいる。

 

「よくよく感謝なさい、出来損ない。わたくしのおかげでお前は王国騎士団の魔力袋としてわたくしたちの役に立てることがわかったのよ。感謝してわたくしを讃えることね。あはははははは!」

「………………」

 

 頭を踏みつけられ、砂が皮膚を突き刺す感覚。

 首輪に繋がる鎖を引かれて上半身を起こされると、鎖の先は突き立てられた丸太杭に巻き取られる。

 流れる手のひらの血。

 声も出せない。

 魔法陣は赤い光を放ち続け、騎士たちは和気藹々として駐屯地を出ていく。

 姉と兄がなにを言っているのか、よくわからなかった。

 感謝しろ? なにに? 役立つことを?

 

(……僕……他にも使い道、あったんですね……)

 

 揺れる視界が捉える、血の溜まった穴の空けられた両手のひら。

 涙が初めて滲む。

 

(でもこれじゃあ……クッキーも、ホリーさんにご飯 も作れない……。こんな大きい穴空いて、僕の手……元に戻んないですよね……僕もう……お菓子、作れないんですね……ごめんなさい……みんな、作ってって言ってたのに……)

 

 目に浮かぶのはクッキーを求めてきた多くの冒険者や兵士、騎士。

 クッキーを褒めてくれる町の女性。

 クッキーのことを知ってはしゃぐエイリーと、クッキーを美味しいと食べてくれるホリー。

 ホリーと二人で食べる食卓も、エイリーを含めて三人で取った食事も、今まで独りでしていた食事とは比べ物にならないくらい美味しかった。

 食事なんて、空腹を紛らわせるためのもの。

 魔力器マジックべセルズがパンパンなので、食べ物を摂ると苦しくなるからティハはあまり食事が好きではなかった。

 そんなティハが食事を楽しいと感じられるようになったのは、作ったものを美味しそうに嬉しそうに食べてくれる人の存在。

 食事が楽しいものなのだと教えてくれた人がいるから。

 クッキーも同じ。

 ナフィラの人たちが求めてくれたあのクッキーを、これで、もう二度と作ることは……。

 

「さあ! 行くぞ! 魔力は無限に湧いてくる! 田舎者どもに思い知らせてやるのだ! ワハハハハハハ!」


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