第21話 期待(1)


「ホリーさん、場所を貸してくださっただけじゃなく、開店準備もお手伝いしてくださってありがとうございます〜」

「いやいや、このくらいなにも問題ない。むしろこんな端の方ですまない」

「とんでもないです〜。まさか一番有名な北部支部の二階にスペースを貸してもらえるなんて……ホリーさんとエイリー様のおかげですよ〜。感謝です〜」

 

 あれからあっという間に話がまとまり、ティハをほぼ置いてけぼりで北部支部二階の余りスペースに長机を置いて、そこに商品を並べて販売する許可が降りた。

 場所代は一日五百マリーと超格安。

 店と呼ぶにはあまりにもお粗末ではあるものの、テーブルクロスをかけてラッピングしたクッキー缶を並べると一気にそれらしくなる。

 アイシングクッキーはバラ売り場で一枚五百マリー。

 五枚セットが二千マリーとお安くなっている。

 魔力底上げクッキーが一枚四百マリー。

 二十枚セットが七千マリー。

 そしてただのお土産用クッキーが一枚五十マリー。

 一人で作って売るとなると数は多か作れないが、こういう販売経験も楽しい。

 ホリーが隣にいるので、屈強で強気な冒険者は理不尽な要求をすることなくヘコヘコと頭を下げながらクッキーを購入してくれる。

 なんと、二時間程度ですべてのクッキーが売れてしまった。

 一応魔力底上げクッキーは「朝起きて魔力を一切使っていない状態の時に食べると、魔力器マジックべセルズの未使用部分がちょっぴりだけ拡張します。続けると効果が実感できると思います〜」と説明したが、果たして何人が忠実に食べ方を守って食べるだろうか。

 少なくとも魔法師の冒険者は熱心に聞いてくれたので、やはり未使用部分の拡張を痛みなく行えるのは全魔法師の理想なのかもしれない。

 

「すぐに売り切れてしまったな」

「んなはは〜。こんなに需要があるなんて驚きですね〜。お家に帰って明日の分を作らないと〜……あ」

「どうかしたか?」

 

 テーブルクロスを畳み、長テーブルを壁に押しつけてから自分が言ったことにハッとする。

 ホリーの家を、まるで自分の家であるかのような言い方をしてしまった。

 

「ごめんなさい〜。ホリーさんのお家なのに、帰るなんて言っちゃった。ダメですね〜、居候のくせに」

「いやいや、なにを言っている。そう思ってもらって構わない」

「んぇ〜……いやいや〜、それはさすがに図々しすぎますから。お詫びに今日のお夕飯はホリーさんの好きな食べ物にしましょうね〜」

「ティ――」

 

 後片付けを終わらせてから、転移陣の部屋に移動する。

 そこから駅に戻って、調味料や魚を買ってホリーの家に帰った。

 南部には冷海があり、そこから強い魚型の魔物が獲れる。

 つまり、海にも“エリア”が設定してありエリアボスがいるのだ。

 海のエリアボスの強さは森のダンジョンエリアボスの数倍上。

 大きさも環境もあり、海は魔物の領域。

 鬼人国に行くには鬼人の黒木船と数人の鬼人護衛が必須と言われる。

 まあ、鬼人国にも転移魔法陣があるので、海を渡らずとも駅から――有料だが――行くことはできるようだ。

 一応エリアボス以外は冒険者や漁師でも狩ることができるレベル。

 そうして狩られた魚型魔物が、市場に並ぶ。

 王都ではあまり魚を調理する機会はなかったけれど、ナフィラに来てからレシピ本を見る機会が増えた結果、魚料理にも興味が出てきた。

 今日はアジフライにチャレンジ。

 油をふんだんに使うので、ちょっと贅沢に思うけれど残った油には灰とハーブを混ぜて石鹸にする。

 ティハが来てから石鹸などの消耗品の減りが早いので、数個作ろうという話をしていた。

 二人分の生活用消耗品を作るのは、楽しみだ、とホリーが言っていたのが少し意外だ。

 彼はかなり上級の冒険者で、お金は持っている。

 一日の食事を毎日食堂で食べることができるくらい、お金には困っていないのにそんな貧乏人がするようなことを楽しみにするなんて。

 

「あとはサラダパスタと〜、アサリのスープと〜、サバの魚醤焼きと〜、玉子焼きと〜、お漬物ももう食べて大丈夫かなぁ」

「種類が増えたというか……」

「エイリー様に鬼人国のレシピ本をもらったんで作ってみたんです〜」

 

 お味噌という調味料は鬼人国輸入品専門店からしか購入できないらしく、まだ買えていないがこのくらいは余裕で作れるようになった。

 野菜も豊富に入れており、健康にも魔力器マジックべセルズの拡張にもいい。

 問題は鬼人国の文化、お箸。

 お箸は料理にも使えるからと調理器具の売っているスペースに、普通に販売されていた。

 鍋をかき混ぜるのに使ったり、盛りつけに使ったりするのだと使い方を本場出身のホリーに教わったらあっという間に使えるようになったのだが大変便利。

 

「鬼人さんの国ってこの国と全然文化が違うんですね〜。食べ物だけ見てもこれが国の差かぁ〜、って納得です〜。味はどうですかね〜?」

「ああ、美味い。ティハは鬼人国に来てもやっていけるな」

「行く予定ないですけど……そうですか〜? それならならよかったです!」

「…………やはり違うのか」

「んぇ?」

 

 食べながらポツリと呟くホリー。

 なにが、と聞き返すと急に真面目な顔になって箸を置き、ティハを真っ正面から見つめてきた。

 なにか真面目な話がある様子。

 

「ティハ、前に話したが――俺の故郷は鬼人族の国クロージェタス。俺はその王族の次男坊なんだ」

「ん、ぇ……?」

 

 突然なにかカミングアウトしてきて、一瞬時間が停止した。

 さすがのティハも、王族が貴族より偉い存在なのは知っている。

 ホリーが、他国の王族、と言い出した?

 

「ええええ!?」

「俺のこの本来の身分についてエイリーとナフィラ領主は知っているが、それ以外に話したのはティハが初めてだ」

「ななななんでそんな重要なこと、僕なんかに……!?」

「ティハ、鬼人族は寿命が長く、一度伴侶と定めた相手とは男同士であっても結婚して添い遂げる。王族は民を守る者であり、守られること、救われることは病を癒す医者以外には許されない。もし、王族が命の危機に瀕し、それを救ってくれた者がいたならば、その相手に生涯を捧げて命を救ってくれた恩を返す」

「んんえ!? んぇぇえ!?」

 

 なんだかどんどん重い話になっている。

 いったいなにが始まったのだろうか。

 ただ夕飯を食べていただけなのに!


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