第22話 期待(2)
「俺の求婚を、ティハはあまり本気で受け取ってくれないので改めて俺の故郷クロージェタスの話をして、考えてほしい」
「か……考えるって、な、なにを――」
「俺との結婚を、真剣に考えてほしいんだ。俺は危険な仕事をしているし、王族とは言っても先天的に
「生きて……いく……」
こくり、とホリーが頷く。
視線をテーブルの上に落とし、ホリーから言われたことを何度も頭の中で反芻した。
誰かと一緒に、生きていく。
否定されて生きてきた。
野垂れ死ねと言われてここまで来た。
そうした方がいいと自分でも思う。
自分の生きる未来が、見えない。
「んんん~~~~……よくわかんないです」
「わかっている。すぐにとは言少しづつでいいんだ。まあ、まずは意識してもらえればと思っている」
「はあ……」
そう言われて、手の上に手を重ねられた。
人の温もりを感じる機会は少ないのだが、ホリーの温もりは三回目。
助けた時と、一緒にナフィラに来た時と、今回が――
「と、言うわけで、これをティハに」
「んぇ……? これ……?」
握らされたのは首輪が三つ。
首を傾げると、ホリーが「従魔首輪だ」という。
魔物を従わせる従魔首輪。
確かにナフィラに来た時に従魔首輪の話をしていたが。
「ええ!? 買ってくれたんですかぁ!? い、いくらですか? お支払いします~」
「一ヶ月きみと生活して思ったのだが、君は自己評価が非常に低いだろう?」
「んえ?」
またもなんの話しだ?
どうもホリーは前置きが長い気がする。
「えっと、それは……」
「いや、気持ちはわかるんだ。俺も生まれつき
共感してくれているのか。
まさにその通りだ。
いつか野垂れ死ぬ時まで、死にたくないと思っている間は生きたいと思っている。
「けれど、俺にとって君は価値のない存在ではない。君がこの従魔首輪を価値あるものだと思うなら、俺にとって君は『価値のある物』を贈る価値がある相手、というふうに認識してほしい」
「そんな……」
自分にそんな価値は――と、否定しそうになったが、それはティハ自身の自己評価でホリーのティハの評価はそうではない。
ホリーにとって、ティハは”その価値がある”と言っている。
丁寧に真正面から伝えてくれたのだ。
それを真正面から受け取らなければ、人として不誠実だ。
自分にとって自分はその価値がなくても、自分以外の誰かにとって”ティハ”は別の価値があるという。
大中小、という大きさの異なる首輪を手に取って、なぞる。
自分にはない考え方だ。
ウォル家にいた頃もそんな価値観の違いはなかったように思う。
最後の夜、ウォル家を出た時にヴェイルが身分の低いユーリアを大切に思い、彼女の意思を尊重するようにティハを逃がしてくれた――あれと同じ。
他人には取るに足らない存在でも、ある人にとっては自分を捻じ曲げてでも尊重する大事な人。
ホリーにとってティハが、そういう存在だと――。
(うわあ……)
それに気がついて、自覚した時、えもいわれぬ気分になる。
けれど、諦めていたものなのだ。
与えられるものではないと、期待することも戒めてきた。
それを目の前に差し出されている。
そして、受け取ってほしいと乞われている。
(いいのかな? 期待してもいいのかな?)
期待を捨て続ける人生だったけれど、ホリーの価値観の中ではティハは愛を捧げる相手らしい。
ティハの価値観が通用しない。
でも別に、彼の価値観を否定したくないしすべきではない。
(応えたいけど……どうやって? 考えるって、ホリーさんの求婚を受け入れるってことですよね? でも受け入れるって、なにをすればいいんだろう? 僕は上手にお返しできないと思うんですよねぇ……それでがっかりされて、やっぱり違う~とか、なるんじゃないんですか~……? あれ……? そもそも期待するってどうやるんですかね? ずっとやってこなかったからわかんないです)
しばらく考えてから「やっぱ僕には難しくてわかんないですよ~」と笑って答えると、ホリーも少し困ったように微笑む。
そして「ゆっくりで構わない」と頷く。
「すまない、せっかくの食事が冷めてしまうな。今日はこれくらいにしよう」
「あ、えーと。はいです」
つまりティハには本当にゆっくりと今の話を考えて受け入れていってほしい、ということ。
それならなんとかなるだろうか、と首を傾げながら夕飯の続きを取った。
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