第20話 こんなところで試食会(3)
そして冒険者は貴賤の関係もなくダンジョンを探索する。
エリアボスの居所を探り、エリアボスを見つけたらその情報を探る。
スタンピードが起こらぬよう魔物の数を減らし、有益なアイテムや素材を見つけたら持ち帰る。
今までにない有益なアイテムや素材を発見すれば、一攫千金も夢ではない。
エリアボスを討伐すれば英雄にもなれる。
冒険者は夢もあり、命を懸ける価値がある職業なのだと。
「じゃあ、ホリーさんは英雄になったんですか~。今回のエリアボスを倒したの、ホリーさんなんですよねぇ~?」
「今回は騎士団と兵団も参加した合同討伐作戦なので、手柄はナフィラ騎士団と兵団のものになる。とどめを刺した分の手当ては貰えるがな」
「今回ホリーの技スキルのおかげで犠牲者がいなかったんだ。普通エリアボス討伐は少なくとも十数人犠牲が出る。だから騎士団、兵団、冒険者の中でも等級の高い者やパーティーで綿密に作戦を立てて挑むんだ。そのくらい強力な魔物だからね」
「んぇぇ……」
きっと音速兔数百匹分なんだろう。
想像しただけで怖い。
「エイリー様、ホリーさんじゃないか。休日なのにどうしたんですか?」
「モーリー、人を集めてくれないか? 今日来てる者だけでいい。ほら、最近売店に魔法付与のクッキーが卸されるようになっただろう? あれを作っている魔法菓子職人のティハの新作クッキー、なんと
「え、えええ?
「できるんだよ、これが! まあ、拡張は微々たるものだがだから痛みもなく……」
と、同じ説明を繰り返す。
ホリーがティハに「モーリーは北部支部の支部長でエイリーの部下だ」と教えてくれた。
最前線の北部支部支部長になるだけの実力者で、荒くれ者の多い冒険者から信頼が厚く柔軟な思考の持ち主らしい。
「わかりました。ダンジョンに入っている者も呼び寄せますか?」
「いや、ここにいる者だけでいい。魔力を使ってしまったあとだと拡張できない」
「わかりました。受付前でお待ちください」
モーリーが館内放送で支部内にいる冒険者や騎士や兵士を受付前に呼び出す。
そこからは再びエイリーの独壇場。
集まってきた冒険者たちは興味津々で話を聞いてくれる。
「マジかよ、それが本当なら俺たちも今より強力な技スキルが使えるようになるぞ」
「それだけではない! 魔法師ならば新たな魔法、魔法師以外の職業の者も今までなかった強力な技スキルを開発できる! 新たな技スキルの創造者として歴史に名を残せるかもしれないんだぞ!」
「「「「お、おおおお!」」」」
盛り上げ上手だなぁ、と感心するティハ。
そうして値段の話になる。
個々の冒険者は「万が一の時の魔力回復や遭難した時の備えにもなるなら一枚四百から五百マリーでも払う」という。
そういう見方もあるのか。
彼らはどちらかというとエイリーと思考が似ているようだ。
「参考になるよ。ありがとう」
「ちなみに、北部支部の売店にも卸してもらえるのか?」
「その予定だね。しかし彼は今ホリーの家に住んでいる。ホリーの家の前で卸値の手数料抜きの価格で販売を勧めるつもりだよ。その他にもお土産用や魔力の入ってない普通のクッキーも売ってほしいという要望があったな」
「店舗は?」
「彼はこの町に来てまだ一ヵ月。このクッキーは需要が高いから、いずれは専門店舗も持てるんじゃないかな」
「ああ、ぜひそうしてほしい」
「これは俺も常用したい。魔法付与のクッキーは最近本部支部の売店にしかないからな~」
「あれはもっと量産できないのか?」
「一枚一枚描いてるんで、難しいですね~」
「そうなのか」
「あの魔法付与のクッキーは素晴らしい。あれのおかげで回復効率が飛躍的に改善した。今回のエリアボス戦も、あのクッキーを食べていたおかげで命拾いした者が何人もいたんだ」
え、と驚いて顔を上げる。
その時、初めて冒険者たちの顔を見たような気がした。
難しい顔をしているがティハへの感謝に満ちている。
初めてホリーに会った時のような顔。
(僕、人助けできたってことなんですかね)
それでも長い間、否定され忌避されてきた人生だ。
喜ぶな、お前にそんな資格はない、人の役に立つのは出来損ないのお前にとって当たり前のことであり光栄なことだろう。
命の限り人に尽くせば、いつか生きていることを許してもらえるかもしれない。
――愛してもらえるかもしれない。
(いやいや、期待しちゃダメですよね~)
期待は毒だ。薬にもならない。
期待の先には絶望しかない。だから期待してはいけない。
自分に向けられる感謝は受け取ろう。
けれど、愛は求めてはだめだ。
自分に向けられる愛は存在しない。
期待してはいけない。
「よかったです~。これからもがんばって作りますね~」
「よろしく頼む!」
「早く店舗が持てるといいな」
「応援している」
意識高い系と聞いていたので少し怖かったのだが、好意的に応援してくれる人ばかりだった。
休日なのにこれからのクッキー作りに役立つことをたくさん得られたと思う。
エイリーには本当に感謝だ。
ホリーが「よかったな」と声をかけてくれて、笑顔で見上げて「はい~」と答えた。
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