第13話 ティハの料理(3)


「仕方ないな、ここは私が一肌脱いてやるか。……こほん。ティハ、実は今回君の魔力を流した野菜を食べてみたいといったのにはちゃんと理由がある。もしも君の魔力がこもった野菜を食べることで、食べた人間の魔力が増えるということは、ダンジョン攻略に凄まじい貢献になる――ということなんだ」

「ほう……」

「たとえばこのホリー。聞いているかもしれないが、ホリーは魔力器マジックべセルズが常人よりも小さく魔力量が非常に少ない」

「え……そうなんですか〜?」

「あ、ああ」

 

 え、お前まだティハに体質の話してなかったのか、という眼差しのエイリーに、うるさい、と睨み返すホリー。

 チッ、と舌打ちしそうな軽蔑の眼差しをそれに対して返すエイリーは気を取り直してティハに「まあ、その分種族的に身体能力が高く頑丈だし耐久力も高いし体力馬鹿なんだがな」とフォローと言っていいのか怪しいフォローを入れる。

 

(ああ、そういえばホリーさんは鬼人族っていう異国の種族って言ってましたね〜。パッと見、でっかい人間の男の人にしか見えないですけど〜……)

 

 身長は215センチと本当にデカい。

 肌も黄色寄りで、筋肉ムッキムッキ。

 エイリーはもちろん、ティハと同じ性別とは思えないほど身体に差がある。

 ただエイリー曰く、鬼人族はそもそも人間族よりも魔力器マジックべセルズが巨大で、肉体を覆って強化して戦う。

 島国で少人数種族だが、人間族が数十人規模で対応する大型の魔物と一人で戦えるほどに強靭で防大な魔力を誇る世界でも有数の最強種の一角。

 竜人族、吸血鬼一族とも対等に戦えるとされる。

 

「へー、そんな種族がいるんですかぁ〜」

「あ、そもそも種族についてもよく知らない感じかい?」

「そうですね〜。人間以外見たことないですね〜」

「なるほど、そうか。そのあたりも色々教えてあげられたらいいが……まあ、そのようにホリーは本来凄まじく強い種族なんだ。だが生まれつき魔力器マジックべセルズが小さく人間以下。それを気にして家督を弟に渡して身を引き、故郷に魔物が行かぬよう前線で戦っている。まあ、真面目なやつだよ。人間に比べてやはり頑丈で強いしね」

「へ〜。そうなんですね〜」

 

 生まれつき魔門眼アイゲートが機能していないティハ。

 生まれつき魔力器マジックべセルズが小さくて人間以下の鬼人、ホリー。

 ちらり、とホリーを見て思う。

 ティハに「うちに住めばいい」と言ってくれたのは、命を助けたからその恩を返す、という建前だけではなかったのだろう。

 同情かな、と思っていたが、共感だったのかもしれない。

 

「そんなホリーが最近技スキルをら使えるようになった」

「わざすきる?」

「簡単に言うと武器に魔力を通して魔法と同等の物理攻撃、または属性付与を行った攻撃のことだな。魔法を使うより簡単だが、ホリーのように魔力器マジックべセルズが小さいと使えない。というより、使えなかった。それなのにここ最近魔力が増えて、ホリーが技スキルを使えるようになったんだ」

「ほぁ。なるほど、それで僕の魔力を野菜ごと食べてるんじゃないかってことになったんですね〜?」

「そういうこと! そしてそれがホリー以外の人間にも効果があるとしたら、例のアイシングクッキーの材料……たとえば小麦にも込められるのであれば、魔法の付与と同時に魔力量を増やすことができる! そうなればダンジョンの攻略は、飛躍的に行えるようになるだろう! 私も新たな魔法が使えるようになるかもしれないし!」

((ああ、それが目的かぁ))

 

 なんだかんだいいことを言いつつ、結局は自分の魔法の研究をしたいんだろうなぁ、と半目でエイリーを見る二人。

 まあ、彼のそういうところは純粋で好ましいと思うけれど。

 

「君のアイシングクッキーも付加価値が上がって、価格を釣り上げてもいいだろう。それに、魔力が底上げできるのであればアイシングのない普通のクッキーでも普通のクッキーよりも高価格で販売できる! 私なら魔力が底上げできるクッキーなどあれば一枚七百マリーは払う」

「そ、そんなにですか〜?」

「それにプラス魔法付与がされたれたアイシングクッキー、しかも味が絶品ときたら三枚セットで二千マリーは払う!」

「そ、そんなにですかぁ!?」

 

 しかし、実際アイシングクッキーは時間がかかると思っていた。

 量産が難しいので、需要と供給が思うようにいかず収支に悩んでいたところだったのだ。

 今のエイリーの話を鵜呑みにするのなら、新商品として開発してもよさそうに思う。

 

「そういうのが売れるようになれば、自分でお家を借りたりできるようになりますかねぇ〜?」

「え? ……ホリーの家を出るつもりなの? なにか不満?」

「ないですないです〜。でも、やっぱりいつまでも甘えるわけにはいかないですから」

 

 いつ、実家に見つかるともわからない。

 優しい人を巻き込むのは心苦しい。

 

「自立した大人になりたいんですよ〜」

「なるほど。それならやはり魔力底上げクッキーが作れるようになればすぐに各支部に売れるようになるだろう! 主力はその二種のクッキーに絞り、支部に魔力底上げクッキーを卸し、アイシングクッキーはホリーの家の表の庭に疑似店舗を作り直接販売してみてはどうかな!? 階段の横のところ! あそこのスペースもったいないなぁ、と思っていたんだよ。花壇の一つ、観葉植物の一つでも飾ったら華やかになるのにと進めていたんだが『どうせ寝るために帰ってくる家だから』と聞き入れてもらえなかったからね。君が有効活用するといい!」

「なるほど〜?」

 

 確かにそれなら本部売店に卸す手数料を払う必要はなくなり、お金も貯まりやすい。

 しかし、居候の身でそんなのいいんだろうか?

 

「俺が一番最初の客になる」

「んぇ?」

「必要なものは俺が買ってくるので、俺に優先で売ってほしい。俺を最優先で。贔屓して売ってほしい」

「え、えーとぉ……なるほどぉ……? そういうことならいいですよ~?」

 

 ホリーの家の玄関先に簡易なテーブルと商品を置いて販売する。

 その代わりにホリーの望む商品を最優先にホリーに提供する。

 スポンサーというやつだ。

 

「ずるいぞ、ホリー! クッキーの原材料は私が提供するんだから、私も新商品の開発や新商品の購入を優先してもらいたい! これからも必要な材料は私の方から提供するので、どうかこれからも関わらせてくれ!」

「ん、んぇぇぇぇ……」

 

 エイリーと関わるのは、怖い。

 しかし、一ヵ月間細々でもつき合いはある。

 悪い人間でもなければウォル家のような考え方の人間でもなさそうだ。

 信じても、いいのかもしれない。

 

「と、とりあえず、その魔力底上げのクッキーができるかどうかを試してからでもいいですかね~? 成功もしていないのに援助をもらうのは申し訳ないです」

「真面目くんだな! もちろんいいとも!」

「じゃあ、食事を続けましょう~」



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