第10話 魔物は食材


「ふう……」

 

 ホリーが出かけて三時間。

 テーブルの上にあったジャガイモと玉ねぎを持ち上げ、胸を撫で下ろす。

 起きている間の魔力回復速度は、寝ている時の三分の一程度。

 明日起きれば全快しているので、今まで目を覚ましてすぐに目の前のジャガイモや小麦粉の袋へ疑似魔門を向けて魔力を排出する。

 ここ数日は朝起きたら食事を作り、芋や干し肉を取り出して移動しながら排出を行った。

 しかし今朝は、ホリーがいたので甘かったのだ。

 体の熱はだいぶなくなったし、重苦しさも解消されたけれど――。

 

(ずっと、僕は)

 

 死ぬのは怖いけれど、一生数時間かけて魔力を排出し続ける生活を続けなければいけない。

 でもそれがティハにとっての”生きること”。

 立ち上がってキッチンに移動して、魔力を送った野菜でポトフを作る。

 その次はクッキー作り。

 エイリーに買ってもらった魔法書を見ながら、魔方陣を描いてみる。

 中位から上位の魔法はやはり複雑すぎて上手く描けない。

 初級の、比較的単純な魔方陣なら簡略化して描くことができる。

 

「『体力回復効果付与』、『素早さ上昇』、『防御力上昇』、『攻撃力上昇』、『魔力回復』……このくらいが限界だなぁ。攻撃魔法は複雑で描けない……もう少し大きいクッキーを焼いてみたら、描けるかな?」

 

 クッキーの作り方は簡単だ。

 小麦粉に卵、溶けたバター、砂糖を混ぜて焼く。

 材料を見ながら「あ、明日の朝のパンも仕込んでおこうかな」と思い至り、こねこねし始めた。

 ボウルに生地を入れて戸棚に入れて寝かせる。

 瓶に入った酵母もしまって、またクッキー作りに戻ろうとした時だ。

 

「ただいま、ティハ」

「あ、おかえりなさい~」

 

 玄関扉が開く。

 入ってきたホリーが扉を閉めるので、笑顔でお出迎えした。

 体調は、と聞かれて「大丈夫ですよ~」と答えてポトフを温め直す。

 

「いい匂いがするな」

「ポトフ作りました~。えっと――夕飯、にはちょっと早いですよね~? もう少しなにか作りたいですけど~、リクエストとかありますか~?」

「う、うーん……よくわからない。任せてもいいだろうか?」

「了解です~」

 

 じゃあなにを作りますかね~、と悩んでいると、ホリーは「自室で着替えてくる」と二階へ上がっていった。

 失敗したクッキーを集めて、疑似魔門を向けつつ献立を考える。

 

「ティハ、早速クッキーを作っていたのか」

「そうです~。『素早さ上昇』、『攻撃力上昇』、『魔力回復』は初めて作ったんです~。上手くできてるかわからないんですけど……」

「ふむ……見たところ綺麗に描けているようだが。明日エイリーに届けよう」

「あ――えーと……」

「ん?」

 

 貴族に会うのが、正直恐ろしい。

 彼はウォル家の貴族とは違うとは思うのだが、しかし――。

 

「僕、明日もお家で練習したいんでホリーさんがエイリー様に届けてくださいませんか~?」

「ああ、いいぞ」

 

 ほっ、と息を吐く。

 ホリーは「エイリーに認められればすぐに拠点の売店で販売できるようになるだろう」と言われた。

 エイリーはナフィラ領主の息子で冒険者拠点の統括管理者。

 元々ティハのアイシングクッキーにはかなり興味を持っていたので、許可はすぐに下りるだろうとのこと。

 

「問題は量産できるかどうかだろうな」

「量産ですか~。それは確かにちょっと難しいかもしれないですね~。慣れたらそうでもないのかなぁ?」

「明日はダンジョンに入るので、『体力回復効果付与』のクッキーをもらえると嬉しいんだがどうだろう?」

「んぇ、いいですよ~。今から作りますね~。ふんふん~♪」

「え? 今?」

 

 それなりに冷めた大きく薄いクッキーに、『体力回復効果』の魔方陣をアイシングで描いていく。

 覗き込むホリーが「その描いているインク? 代わりのは、なにで作られているんだ?」と首を傾げる。

 

「粉糖とお水と、レモン汁と食紅ですよ~。レモン汁はあんまり入れすぎると柔らかくてさらさらになりすぎちゃうんですけど~、入れないと固くてスムーズに描けませんしね~。そこは調節しますね~」

「この食紅というのは?」

「食べ物に色をつける絵の具みたいな感じですね~。最近のは植物系魔物から抽出されるらしいです。カラフルなんですかね~」

「確かに、ダンジョンの植物系魔物は派手な色の魔物が多いな。そうか、あれらが着色料として加工されているのか。明日の依頼対象も植物系の魔物だから、素材はすべて売ってくるつもりだったが……。なにか持って帰ってくるか?」

「んぇ……?」

 

 そう言われても、ティハは魔物にそれほど詳しくない。

 と、思っていたら「リビングの本棚に魔物図鑑がある」と一冊持ってきて見せてくれた。

 動物系魔物の解体と違って、植物系魔物は野菜として食べられる部位が多いらしい。

 

「鮮やかなキャベツですね~」

「キャベリーフラワーという魔物だな。最近第二開発拠点の近くに数が増えているらしく、討伐依頼が出ているんだ」

「そうなんですね~。キャベツはいいですよ~。色んな料理に使えますからね~」

「では、何玉か持って帰ってこよう」

「わあ~、よろしくお願いします~」

 

 キャベツはいい。

 大きいので疑似魔門の”的”としても優秀。

 

(なんか野菜によって魔力の容量みたいなのがあるんですよね~。人間とおんなじで野菜にも魔力容量があるんでしょうね~。キャベツはたくさん入るから、いっぱいあるの助かる~)


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