第9話 同居開始
ともかく、仮身分証を発行してもらえたので、買い物をしてホリーの家に行くことにした。
これからしばらくの間、同居するのだから生活用品を買い足す必要がある、ということで。
先ほど通った商業通りに立ち寄り、主にお風呂で使うものと寝具。
ベッドを新しく買うという話に驚いて拒もうとしたら「俺と一緒に俺のベッドで寝ることになるぞ」となんともいえない赤みを帯びた顔で言われて「それはさすがに迷惑がすぎる!」と寝具の購入を決めた。
しかし、部屋を見ないことにはどんなベッドがいいのかわからない。
「これがいいんじゃないか? 空いている部屋を片づければ余裕で入るはずだ価格も八千マリーでちょうどいいだろうし」
「じゃ、じゃあ、これで」
「そうだ、寝間着や肌着も買っていった方がいいな。歯ブラシと、コップ、食器もティハの分を買い足して……食料も色々買っていこう!」
「……?」
なんだかものすごく楽しそうなホリー。
こんな厄介者と一緒に暮らすことを嬉しそうにするなんて。
(一人暮らしがあんまり好きじゃない人なんですかねぇ?)
それなら一緒に暮らすことを喜ばれるのもわかる。
言い出したのもホリー。
きっと元々一人暮らしに嫌気がさしていたんだろう。
そこに住居の決っていないティハと出会ったので、これ幸いと同居を申し出てくれたのだろうと解釈した。
(こんな僕でも誰かに必要と思ってもらえるの、嬉しいですねぇ。ホリーさんの役に立てるようにがんばろう~)
色々な食糧を買い込み、西側の通りを進む。
住宅地のような場所に変わっていき、大き目な宿舎が見えてくる。
「あのひと際デカい建物は金のない単身者宿舎だ。アレを目印に覚えておいてくれ。俺の家はその前の一軒家だ」
「一軒家!」
「あれだ。あの黄色い屋根」
周囲を植木で囲われた黄色い二階建ての一軒家。
階段を五段ほど登って玄関扉の鍵を開けるホリー。
「ようこそ、我が家へ」
「お、お邪魔します~」
一階は入るとすぐにダイニング。
左側にキッチン。
ダイニングテーブルの向こう側は食器棚。食器棚の奥には二階への階段。
右側は別室への扉が三つ。
「奥から浴室、トイレ。倉庫だ。まず二階へ行こう。使っていない部屋があるから、そこを片づけてティハの部屋にしよう」
「ありがとうございます~」
でも、本当にイイのかなぁ、と思いつつ二階へとついていく。
二階も広い廊下。
左右に二部屋ずつあり、右の手前がホリーの寝室。
「こっちは倉庫として使っていたんだ」
と、言って階段上がって最初の部屋、左側を開く。
少し埃っぽいが、窓を開けると心地いい風で部屋の中が一気に空気が変わる。
使われていないタンスとキャビネットも、雑巾で拭けばすぐ使えるだろう。
下から持ってきた箒で履き取り、買ってきた寝具を組み立ててマットレスを置く。
シーツを敷いてブランケットと枕を置けば、もう眠れる状態が完成。
「鍵もかかるし、自由に使ってくれ。今日は一日換気しておいた方がいいだろう」
「はい、そうですね」
「隣の部屋はゲストルームだ。時々エイリーや知り合いの冒険者が泊まりに来ることがある。定期的に掃除してくれると助かる」
「そうなんですね~。わかりました~」
「次は地下だ。食糧庫やワインセラーがある。庭は洗濯場だな。外にも納屋があるが、俺の使っていない装備などが置いてあって危ないから気をつけてほしい」
「は~い」
と、いうわけで地下も見に行く。
廊下と二つの部屋。
右が食糧庫、左がワインセラーだそうだ。
食糧庫を覗くと、食糧庫自体が四方に魔石設置してあり冷凍効果がある。
「なんにも入っていないですね?」
「は、ははは……」
しかし、部屋の魔法は機能していない。
中にはなにも保存されていないからだ。
今日買ってきたものも厨房の冷蔵庫の中に入れてしまえたので、ここを使う機会はしばらくないかもしれない。
「普段は狩った魔物の肉や野菜も売ってしまうんだ。食事は街の中や冒険者拠点の食堂でしか食べなくてだな……」
「はあ……」
食堂の食事ももちろんできたてで美味しいけれど、お金がかかる。
そしていくらローテーションしても、飽きるものは飽きる。
もっと言うとどうしても野菜を避けてしまう。
「じゃあ、美味しいお野菜のご飯作りますね~。任せてください~」
「あ、ああ」
家の中の説明もだいたい終わったので、一階に戻る。
途端に目の前が点滅して暗くなってきた。
「ティハ!?」
「う、あ……?」
名前を呼ばれてぼんやりする視界のまま周囲を見回す。
ああ、やってしまった。
やはり魔力の排出が甘かったのだろう。
倒れかけたところ、たくましい腕に抱えられて助けられたらしい。
「どうした? 大丈夫か?」
「あ~~~……ちょっと……魔力が……溜まってて……」
「なに? さっき排出したはずでは――もう魔力が溜まったのか? なぜ?」
「ええと……僕……眠らなくても魔力が回復する体質らしく……」
「なんだって……!? そんなことが……!?」
普通、魔力は『魔力回復薬』を飲む以外自然に回復するには睡眠を摂るしかない。
魔物ですら眠らなければ魔力が回復しないといわれている。
けれどティハは違う。
起きている状態でも魔力が回復して、瞬く間に膨れ上がる。
排出する術は、ないのに――。
「……眠らなくても魔力が回復するなんて……君が魔法師になれば国一番の魔法師になれただろうな。ソファーでいいか?」
「は、はい」
ダイニングの横のソファーに座らせられる。
視線を合わせるように跪くホリーが、真剣な目で「どうしたらいい?」と聞いてくれた。
一度ゆっくり目を閉じる。
「あ――ええと……一時間くらい、魔力の排出に使いたい、です」
「本当は?」
「…………。三時間くらい……」
「魔力を送る対象があった方がいいんだな。なにか希望は?」
「ええと……なんでも……」
「わかった。今持ってくる」
キッチンへ向かったホリーが持ってきたのはジャガイモと玉ねぎ。
テーブルの上に置いた袋入りの野菜に向けて、疑似魔門を作って向ける。
「ティハ、俺は北の冒険者拠点支部に音速兔の討伐依頼報告に行ってくる。ゆっくり休んでくれ。ああ、動けるようになったら二階の寝室の窓の閉め忘れには気をつけて」
「あ……は、はい……ありがとうございます~……」
これは気を遣われたな、と微笑み返す。
立ち上がったホリーがティハの頭を撫でて玄関へ向かう。
「行ってくる」
「いってらっしゃい……」
出会って一日も経っていない相手に、自宅の留守を預けるなんて普通ならばあり得ない。
そのくらい、貴族の屋敷で生活していたティハにもわかる。
けれどそれよりも――
「頭撫でられた……」
生まれて、初めて。
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