第4話 ナフィラに向けて歩き出す
ティハはこの国以外に国があるのを、この時初めて知った。
ホリーがやや困惑しながら説明してもらったところによると、この国はマーザ・テラー王国。
辺境より国境まで行くと、その先は別の国がある。
国によって法律という“決まりごと”が定められており、それを破ると罰があるという。
「へ〜。そういうのがあるんですねぇ〜」
「物知らずと言っていたが、の……なんというか……知識に偏りがあるとかそういう範囲ではないということか」
「そうですね〜。生きることに関係ないことは、なんにも教わらなかったです」
「ふむ……。ではダンジョンのことも、もしかしてよく知らないのか?」
「知らんっす。魔物がたくさんいて、危ないっていうのくらいですね〜」
自分たちが食べている肉や野菜の一部はダンジョンで獲れる。
ダンジョンにいる魔物からは魔石が採れて、魔石は生活必需品。
属性が付与された魔石は、たとえば水の魔石なら水を出せるし、火の魔石なら火を出せる。
属性が付与されない魔石は、あらゆる魔石道具の格として使われる。
魔石の魔力は使用すれば消費され、枯渇前ならば
完全に魔力を使い果たした枯渇状態の魔石は、別の魔石に当てがえば吸収して魔石の純度が上がる。
純度の高い魔石は魔法を使う時の杖などに利用され、杖に
「ふむ、そこまでは知っているんだな」
野宿の片付けを終わらせてから、従魔馬に飛び乗る。
ホリーもティハの後ろに乗せてもらい、歩き始めた。
移動しながら、ダンジョンについて教わる。
ティハが知っていることを話すと、概ね間違っていないそうだ。
北の辺境ナフィラ領は、未開の大森林型ダンジョン『
マーザ・テラー王国は『ラプラトスの盾』と呼ばれる国で、その北部――ナフィラ領はその最前線。
少しずつ森を切り拓きながら、その奥地から溢れる魔物を討伐し続け国と大陸を守っている。
「実を言うと他の国にも“塔型”と呼ばれるダンジョンも出現しているそうだ。それらのダンジョンは最上階の部屋にいる巨大で強力な魔物を討伐すると、消えるという。つまり、ナフィラダンジョンもおそらくそういう部屋のようなもの……あるいは部屋を守る魔物の長のようなものが、森の最奥にいるのだろうと言われている。ナフィラに集まる冒険者はランクレベル4以上推奨。五人から十人でパーティーを組み、拠点を拡げながらダンジョンの攻略を進めている。ナフィラの町はそういった冒険者や、ナフィラ領お抱えの兵士や騎士で成り立っている要塞都市。一攫千金も夢ではないが、治安は正直あまりいいとは言えない」
「ほえ〜」
「だが、だからこそティハのクッキーは人気が出る。きっと。保証する」
後ろを振り返り、見上げるとずいぶん上に頭がある。
本当に大きい人だなぁ、と目を細めてから、笑顔で「やってみます〜」と答えた。
しかし、急に話題が止まる。
謎の沈黙が流れたので、ティハは次になにを聞けばいいのか首を傾げた。
「えっと、それで……だな」
「はい〜?」
「ティハは、一応成人している、んだよな?」
「はい〜。王都から出て三日目くらいで〜、え〜と、昨日くらい? に生まれた日が来ましたから〜」
「昨日が生誕日だったのか!?」
「ホリーさんは大きいですよねぇ〜? ホリーさんは何歳なんですか〜?」
「俺は二十四だ」
「んぇ〜〜〜。二十四歳になるとそんなに大きくなれるんですねぇ〜」
「ん? ん?」
若干なにを言っている? みたいな顔をされる。
笑顔で見上げると結局「まあいいか」と目を泳がせるホリー。
気を取り直して、わざと咳き込む。
「ナフィラに着いたらまずは領主城の中にある冒険者拠点本部で『滞在権』の申請を行う。犯罪歴がなければその場で仮の身分証が発行され、その身分証に滞在権がついてくる感じだな。ナフィラで仕事をして半年後、正式な身分証の申請ができるようになる。家は金が溜まるまで俺の家に住めばいいし、残りの七万マリーでクッキーの材料を買って冒険者拠点の売店に置いてもらえるよう頼めば、売り上げに応じて定期的な卸しを依頼されるようになるだろう。話は俺がつけるから、なにも心配しなくていい。それでな……ええと……結婚……」
「んぇ~~~、なにからなにまで申し訳ないです~。でも、ありがとうございます~」
「………………。うむ。まあ、その話はまたナフィラに着いたら詳しく説明しよう。他にもわからないことがあればなんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます~。あ、でも面倒くさくなったらいつでも捨ててくださいね~。自分でなんとかしますから~」
「そんなことはしない」
優しい、誠実な人だ。
冒険者というより、口調も相俟って騎士のようだなと思った。
(優しい人にはあんまり期待しちゃダメですよね~。早くお金を貯めて、自立して暮らせるようにならないと~)
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