第3話 求婚
「お肉の残りは~、塩を馴染ませて~、時間が進むタイプの”魔保存袋”に入れて~、熟成させるんですよ~。これは僕が初めて買った魔保存袋です~。五年熟成ものが入ってるんで、使っちゃいましょうね~。これはホーンブルファイティングのモモ肉で~す。これを大胆に強火で焼いちゃいま~す」
大男――冒険者ホリーを拾った翌朝。
昨日使った鍋に牛脂を入れて溶かし、魔保存袋から取り出した大きな800gはありそうなモモ肉を焼き始めた。
左手で疑似魔門を作り、魔力を送りつつ胡椒を振り、岩塩をナイフで削って表面がしっかり焼けてからナイフで焼きながらカットして、半分に割ったパンにキャベツとともに載せた。
鍋に残った溶けた牛脂と肉汁に、魚醤とニンニクを擦って入れ、少しのワインでソースを作る。
ソースをかけて、細く切った玉ねぎも載せてパンを畳めば出来上がり。
木皿が一つしかないから、ホーンブルファイティングサンドにしてみた。
ホリーに出来立てを「どうぞぉ」と手渡すと、わかりやすく生唾を飲み込んで受け取ってくれる。
筋骨隆々の大男がワクワクしながら受け取ったサンドを「い、いただきます」と猩々緋の瞳を輝かせながら大きく口を開けてかぶりつく。
途端に瞳だけでなく表情も輝かせるのが可愛い。
「これもあげま~す」
「これは……昨日ももらったクッキーか」
「『体力回復効果付与』の魔方陣が描いてあるアイシングクッキーですよ~。ポーションを飲んだら体力削られるんですよね~? 食べた方がいいんじゃないですか~?」
「また……いいのか?」
「いいですよ~。町まで護衛してもらえるんなら、万全な方がいいですもんねぇ~」
「あ、ああ、なるほど。確かにそうだな。ありがたくいただこう」
自分の分のサンドをナイフで半分に切って、その半分もホリーに渡す。
驚かれたが「僕、小食なんです~。ホリーさん、足りてなさそうだから食べてもらった方がありがたいで~す」と笑って押しつけた。
美味しそうに食べてもらえると、自然と笑みがこぼれる。
自分の分を食べると、肉に送った魔力が体の中に戻ってきて重苦しく感じた。
しかし、魔力は循環させなければ気怠くなり苦しい。
排出しなければ魔力が溜まりに溜まって肉の器を圧迫して熱が出るのに。
息を吐き出すとホリーには「本当に小食なのだな」と心配される。
ああ、この人も優しい人だなと笑顔でごまかした。
「ところで、なぜ調理中に片手の指で円を作っていたんだ?」
「んぇ? ああ、これは疑似魔門ですよ~。注ぐ対象があると流し込みやすいんです~」
「
「そうなんです~。今のところ一番魔力を排出できるのはアイシングクッキーなんですよね~。魔方陣を描くと、自然に僕が”術者”になるんで~、魔力がぐんぐん抜かれていくんですよ~。ペンを持つ指で自然に疑似魔門になりますからね~。だからアイシングクッキーは定期的に作っていけたらな~って」
魔方陣はユーリアに教わった。
今考えると、なぜただのメイドであるユーリアが魔法陣を知っていたのか――次兄ヴォイルが教えていたのかもしれない。
あるいは、ヴォイルのために回復や補助の魔法を調べていた。
ユーリアは平民出身のキッチンメイドだったので、どんなに親しくしても身分違いの恋、というものだろうけれど。
(そういえば、ユーリアさんはクッキーに魔方陣を描きながら笑っていたっけな~)
誰かを想いながら。
幸せそうで、愛おしそうな。
あれが次兄に向けられたものだったなら、本当に申し訳ない気持ちになる。
ティハに構ってくれたのも、ティハが次兄の弟だから――。
「なるほど。効果もあるし、ナフィラはダンジョンの森と隣接していて冒険者やナフィラ兵が毎日のように魔物討伐に赴く。非常食にもなるし、魔法付与されたクッキーは人気が出るだろうな」
「んぇ?」
「仕事を探しているのだろう? ナフィラに行って、仕事をするならこのクッキーを売ればいい。ポーションで体力を削られて行き倒れする冒険者がこれでかなり救われる」
「…………。これ、売れるんですか?」
首を傾げる。
ホリーははっきりと「売れる」と頷いた。
目から鱗だ。
「そうなんだ~。じゃあ、えーと、どうやって始めたらいいんですかね~?」
「ナフィラには俺の拠点もある。クッキーは俺の家で作って冒険者拠点部の売店にでも下ろせば手数料は取られるが、売り上げの七割はティハに支払われる。そのお金を貯めて、借家を借りればいい」
「んぇ……? ホリーさんのお家に住まわせてくれるってことですか?」
「ああ。ティハの料理の腕は素晴らしい。こんな料理を朝夕食べられたら、音速兔に遅れを取ることもない! 冒険者は体が資本だからな。家賃はいらない! その代わり俺に食事を作ってほしい!」
ずい、と顔を近づけられる。
端正で整った顔。
切れ長い目がジッと見つめてきた。
ホリーの提案をゆっくり考えてみると、家に住まわせてもらえる。
その代わりホリーの朝と夕の食事を作る。
ホリーは冒険者なので、魔法付与アイシングクッキーも購入してくれる。
魔法付与のアイシングクッキーは、売り物になるので冒険者拠点部というところの売店で売ってもらえる。
「んえええ? いいんですか~!? 僕に得なことしかありませんよ~!?」
「いや、ちゃんと俺も”美味い飯にありつける”という得がある。正直毎食冒険者拠点部の食堂で、自分でも食事に偏りがあると思っていたんだ。ティハがバランスのいい食事を作ってくれると嬉しい」
「んぇ~~~~……あー……まあ、そうですね~。一応貴族の厨房で食事作りはしてたんで~、バランスのいい美味しいご飯は作れると思いますけど~」
しかし、こんな”優しい人”と関わっていいのだろうか、と悩む。
次兄にも「ダンジョンに言って野垂れ死ね」と言われていたのに。
(死ぬのは嫌なんですよね~。痛そうだし、苦しそうだし、怖いし。とはいえ、僕と関わったらホリーさんもウォル家に目をつけられるかもしれませんし~……んんんん~……)
腕を組んで悩む。
ホリーも初めて慎重に悩み出したティハに「さすがに警戒されている……?」と不安を覚える。
そういう意味ではないのだが。
「僕、お屋敷から出るのが初めてで~、文字の読み書きも計算もあんまりできないんすよ~。物も知らんです。いっぱい迷惑かけると思いますよ~? その~、僕がいたお屋敷の貴族は僕のこと殺したいほど嫌いみたいですし~……危ない目に遭うかも~? ですし~」
「なにかその貴族に無礼を働いたのか? 食事に毒を盛った、とか? 貴族の血筋と言っていなかったか?」
「んいえ~。
「わからんな。ただ
んえ〜? と見上げて首を傾げる。
そんなことを言われても、ティハは魔物以下と疎まれて嫌われて生きてきた。
ああ、でも――
「家はなんか〜、魔法騎士の家系とか言われた気がしますねぇ〜。
「家業的な話か。だが、それならティハに合う家に養子に出すなり市井に置くなり生き方を示してやればいいではないか。なぜ蔑ろにし、いたぶるようなことをする?」
「ええ〜? 僕に聞かれても〜……」
「ぐぬぬ……」
そんなことを、ティハが知るわけがない。
けれど物心つく前からそういう扱いだった。
そういう存在なのだということもちゃんと自分で理解もした。
家の人たちの言う通りにすることが正しいと言うのもわかる。
けれど、今さら死ぬのはここまで命を繋げてくれた人たちに申し訳がない。
単純に死ぬのが怖いというのもある。
(ああ、でも……もしも家の人が僕を追いかけてきて『死ね!』って言うのなら殺されても仕方ないんですかねぇ〜。そん時は腹ぁ括って死ぬしかないっしょ〜)
仕方ない仕方ない、と首を横に振った。
お家の人に迷惑をかけないように、お家の人たちの目につかないように屋敷の中でもひっそり生きてたんですけどねぇ〜、と溜息を吐きながら愚痴る。
それも気に入らないと言われたら仕方ない。
「俺は君に命を救われている」
「んぇ〜?」
「君は俺の命の恩人だ。だから恩を返すまでは君の力になる。迷惑をかけるというのならいくらかけてもらっても構わない。我が一族は命の恩人には生涯をかけて恩を返す掟がある。……本来であればその……婚約という形で……」
「こんにゃく……?」
「婚約! 結婚だ!」
「んぇ〜?」
婚約。結婚。
さぞ変な顔で聞き返してしまったことだろう。
怪訝なティハにホリーは「しかしこの国の法では、男同士は結婚できないだろう? だからある程度ナフィラで生活基盤を整えたら、俺の祖国で正式に婚姻を……」と頰を赤ながらモゴモゴなにか言っている。
「ホリーさん」
「な、なんだ?」
「“くに”ってなんですか〜? “ほう”……? っていうのも、なんの話かよくわかんないんですけど〜。結婚はお父さんとお母さんになること、ってのは知ってますけど、聞いた感じ地名ですか〜?」
「は……え……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます