第2話 追放
「無能が目障りなのよ! 厨房から出てこないで!」
「お前なんぞ食糧庫か厩舎で十分だ! そこから出るなよ!」
「本っ当に薄汚い! さっさと野垂れ死ねばいいのに……ねえ、お父様、いつまでコレを我が家に置いておきますの!? こんなのが肉親だなんてバレたら、婚約話もなくなってしまいそうですわ!」
「辛気臭い顔をしやがって。こっちを見るな!
「チッ、気色悪い!! 魔物以下が! お前に僕たちを見ることすらおこがましいと知れ!」
(お母様、お父様、お姉様、お兄様たち)
物心ついた頃から罵られるのが日常だ。
厨房横の食糧庫で、体に渦巻く魔力の熱に朦朧とする意識の中、庭師とシェフに「指で丸を作ると、少し楽になりますよ。そう、お上手です」と疑似魔門のやり方を教わった。
食糧庫の芋の山に向けて疑似魔門から出る魔力を注いでいると、体が少しずつ楽になる。
物心つく前は、ウォル侯爵家の末っ子として家族の愛情を一身に受けていた。
熱を出して倒れることがあまりにも多く、医師に見せたところ
それ以降の家族の反応は、これまでの姿が嘘のように残忍なものになった。
着の身着のまま厨房の食糧庫に放り込まれ、二度と顔を見せるなと命じられる。
文字の読み書きも計算も、貴族なら教わることはなにも教わらず使用人に「面倒を見る必要はない。放って置けば死ぬ」と言われて本当にほとんど放って置かれた。
あまりにも幼いティハを放って置ける者は少なく、藁の小さなベッドを馬の世話係がこしらえてくれたり使っていない毛布をメイドが置いていってくれたり、シェフたちは自分の食事を自分で用意できるように料理を教えてくれた。
ティハが自分で食事を用意できれば、「面倒を見た」ことにはならないからと。
本当に、少しずつ、少しずつの手助けでティハは生き延びてこれた。
人の善意で。見てみぬふりをされながら。
少しだけ困ったような笑顔で見守られながら。
だから優しい人が自分をほんの少し手助けしたことで罪悪感を抱かないように、ティハは笑顔で生活するようにした。
困ったことがあっても誰か頼らないように、使用人の生活の真似して生き延びた。
具合が悪くなれば食糧庫の芋の山に向かって疑似魔門で魔力を排出すれば、楽になる。
使用人寮のゴミ捨て場には大きいけれど服も落ちていたのでそれを着て。
馬の世話をすれば、藁を分けてもらえたし。
水をくむのを手伝えば、水も飲ませてもらえるし。
新品の絵本が捨てられていた時は、読むことができないから少しだけ困ったけれど……その時は庭の端で庭師のお爺さんが読み聞かせてくれた。
十も半ばになると、厨房で本格的に料理を教えてもらえるようになる。
正確には――「手が足りないので、手伝ってほしい」と。
夜、厨房の横で執事長と厨房長がティハに仕事を任せる話をしていたので、父にも話は行っているだろう。
初めて存在を認められた。
体は相変わらず魔力飽和で常に気怠く、常人からすればさぞ鈍くさかっただろう。
一生懸命仕事を覚えて、少しだが給料をもらえるようになったので生活魔法石や魔水筒を購入した。
厨房長には「いつか屋敷を出たあと、一人で生きていけるようにお金は貯めておきなさい」と言い含められ、血紋魔法箱をもらった。
親指を少し切って血を吸わせると、血の主以外には開けなくなる魔法の箱。
容量は家一軒分というから驚いた。
革のポシェットを庭師のお爺さんに「引退するから」ともらい、その中に魔法箱を入れて隠す。
だからあまり悲観することはない、と厩舎の馬の世話係にも言われた。
けれど、十八歳になる前に厨房長と馬の世話係もよく会話してくれたメイドも、引退した丹羽氏のお爺さんも、みんな突然亡くなったのだ。
口封じだった。
貴族の恐ろしさを感じた。
放したことのあるメイドがまた一人消えた夜、執事長に「今すぐ逃げなさい」と十万マリーを持たされ、屋敷から追い出される。
どうして、そうして、と混乱しながら裏口から生まれて初めて屋敷の外へ出た。
すっかり大人になった次兄が待ち構えており、馬車に詰め込まれる。
「あ……あ……?」
「リヴォル兄様の婚約が決まった。明後日婚約者の令嬢が屋敷に来る。好奇心旺盛な女性だから、万が一を考えてお前と親しかった者とお前を始末するつもりなのだ」
「ッ、っ……ぅ」
「被れ」
外套を被せられ、窓から漏れる街の灯りから身を隠す。
自分はこんなにも、罪深い存在だったのか。
魔物以下。
食材にも、素材にも、魔法石の素になる魔石も落とす魔物以下。
その意味を心の底から理解した。
「無能なタダ飯食らいはとっとと出て行けばいい。いいか、王都とその近隣の町や村には貴族が多い。兄と姉は騎士で、任務で立ち寄ることも多い。貴族の少ない辺境へ行け。野垂れ死ぬのなら北のダンジョンが広いから、そこで死ね。優しいユーリアが気にかけていたから、これは僕からのせめてもの……」
「ユーリア……さん……」
ティハと一番年の近い、お姉さんのようなメイドの名前だ。
よくお菓子を一緒に作ってくキッチンメイドのユーリア。
特にアイシングクッキーが得意で、非常食にと魔方陣を描いて練習したクッキーをたくさん魔法箱に詰め込んだ。
唇が震えた。
なにも、なに一つ……自分の立場は変わっていなかった。
むしろ、優しい人を――巻き込んでしまった。
「寝袋と毛布、上級ポーション一本、中級ポーション二本、下級ポーション十本、食糧一ヶ月分、結界魔石と魔除けの魔石、土水火風の魔石、衣服数枚。僕からの選別だ、持って行け。そして二度とウォル家に係わるな。わかったな」
「……」
コクコク、何度も頷いた。
王都から出て、近くのそれなりに大きな町に下ろされる。
言葉もなくドアを閉められ、馬車は王都に向けて戻っていった。
頭から外套を被り、馬車が見えなくなる前に背を向けて町の中に歩き出した。
『ティハ様はいつも笑顔で明るくて一緒にクッキーを作るの楽しいですね~』
ユーリアの声が、笑顔が浮かぶ。
消えた者は数日後、亡くなったと聞かされる。
宿に寄り、一晩部屋を取った。
靴も脱がずにベッドに横たわり、北のダンジョンへの行き方を考える。
考えてもわからない。
なにも知らないから。
けれど、ここから急いで離れなければいけないと気持ちだけが焦った。
消えた人たちの名前と顔、笑顔が浮かんで瞼から離れない。
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