ファンタスマゴリア(テーマ:「ダンスをご覧ください」)

 世界と等しい少女は両手を広げると、純白のワンピースドレスの裾を軽く持ち上げてお辞儀した。それから指先を離し、絹糸のような滑らかな髪をたなびかせ、ふわりと軽やかに回った。

 世界が廻る。開かれる。拡がっていく。描き出されていく。

 きらきらと光る青空の下、さあさあと心地よい風が吹いていた。せっせと畑を耕していたところ、遠くから父の野太い声がした。

「おーい! そろそろ飯にすんぞぉ!」

 家に帰ると、焚火の上に吊るされた鍋に収穫した野菜が放り込まれており、ことことと煮込まれていた。どうやらまだ支度の最中らしい母はこちらを見て言う。

「お隣の娘は何かと大変そうだ。ちょいとお前、先にこれを持って行っておやりよ」

 野菜の入った風呂敷包みを受け取り、外に足を踏み出した。

 途端、地面が失われた。途方もない浮遊感が押し寄せる。体が自由落下していた。視界はゴーグルで覆われており、周囲には青白い空間が果てしなく広がっている。どうやら空のようだ。全身は特殊なスーツで包まれているらしく、表面は凍り付いていた。

 急いで上下を反転させ、腕に付けた機器で現在高度を確認。約3000m。地表まで600mになったタイミングでパラシュートを開く。ギリギリで開くことで、敵のレーダーに発見されずに済むのだ。

「っ……」

 パラシュートは問題なく開き、急激に減速して体が上空に持っていかれるような感覚に陥る。それも次第に収まり、後はゆっくりと地面を待つだけだった。着地には気をつけたものの、その際にパラコードが絡まってしまい、なかなか外すことができなかった。

 今はのんびりしている時間はない。ナイフで切ると、そのまま駆け出した。

 気づけば、軽い霧が立ち込めていた。深山幽谷と称するに相応しい光景だ。そのせいですっかり道を見失っており、方向も分からないような状態だった。

 背には大きな袋を担いでいる。中身は魚やら食器やら薬やら色々だ。この山を越えて向こうの村に売りにいく手筈だった。

 けれども、この調子では到底難しいだろう。諦めて山を下りるべきだろうか。

 煩悶しながらも鬱蒼とした茂みをかき分けていくと、木々の間にひっそりと佇むような古びた小屋があった。傍にはさやさやと小川が流れており、水には困らなさそうだ。

 有難い。あの小屋で霧が収まるのを待つことにしよう。中は外見通りのシンプルな造りをしていたが、奥に一つ、小窓が開いていた。何の気なしに覗き込む。

 廃墟が立ち並ぶ中、蜘蛛のような形をした巨大な無人機ドローンが周囲に砲弾をバラまいて蹂躙していた。レジスタンスが命がけであの場に留めてくれている。

 うつ伏せでアンチマテリアルライフルのスコープを覗き込み、ドローンの核となる上に飛び出した頭部を狙う。

 一撃で仕留める。軽く息を吸って止めると、トリガーを引き絞った。

 放たれた弾丸はドローンの頭部を見事に撃ち抜いた。

 が、ドローンは崩れ落ちる前に砲塔をこちらへと向けた。

「まずい……!」

 咄嗟に小窓から身を乗り出すと、逃走の為に用意していたラぺリングロープを掴み、一階まで滑り降りる。先程までいた部屋は砲弾で派手に爆発し、頭上が爆炎で満たされた。ロープが切れてしまうものの、転がりながら着地し、その場から離れた。

 白亜の城へと辿り着き、裏庭へと忍び込む。果樹園から発される甘やかな香りが漂っていた。

 目的の部屋の明かりがついているのが見える。近くの大きな木を登り、バルコニーへと降り立った。窓をゆっくりと押し開き、中へと入る。

 まっさらな大地と冴え冴えとした月明かりの下、必死に伸ばした手が世界に等しい少女の手に触れる。僅かな躊躇いの間の後、その手は握り返された。

 それは始まり。暗闇の中の跳躍。そして、新たな世界のテンポが刻まれていく。

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古賀コン作品掲載場 吉野玄冬 @TALISKER7

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