鬼ごっこ

 懐かれた! 何故か王子に懐かれてしまった! あれか?! 飛び蹴りして変な扉開いちゃったとか?! うーん、多分違うだろうなぁ。


 正式に婚約を交わしてから、王子が何かにつけて我が家に私を誘いに来るようになった。


 町に観劇に、カフェに公園に。外に行くのは楽しいけど誘いすぎでは?


「あのー、王子?」


「ヴェル!」


「あー、ヴェル?」


「なーに、リリー」


「あちこち行くのは楽しいけど、流石に誘いすぎなんじゃ?」


「僕は毎日でもリリーに会いたいのに……駄目?」


 キュルンとしたとんでもなく可愛い顔で上目遣いで見られると駄目なんて言えない。


 クッソー!! 可愛すぎなんだよ、王子のくせに!! 可愛いは本当に最強だわ、色んな意味で。


「僕には友達と呼べる相手もいないし、リリーだけなんだよ」


 そんな事を言われるともう本当に何も言えない。


 だけどあちらこちらに連れて行かれるとその分人が動き、お金もかかるだろう。そのお金は国民の血税な訳で……。


「だったら、今度からは我が家かお城で遊びませんか?」


 そういうと王子はこてんと首を傾げた。


「遊ぶ、とは?」


「まさかとは思いますが、遊ぶ事も知らないんですか?」


「本を読んだり剣術の真似事をしたり、でしょ?」


「なんて事?! 大変だわ! まさか遊ぶ楽しさを知らないなんて!」


「え? え?」


「ヴェルに遊びの楽しさを教えてあげます!」


 こうして私は王子に遊ぶ楽しさを教える事になった……のだが、当然家族からは猛反対された。


「リリーナ、考え直せ! 相手は王子だぞ! お前の遊びに付き合えるだけの体力なんて持っちゃいない! ましてや怪我などさせたら大事だ!」


「ヴェルデ様に何を教える気? まさか木登りや泥遊びなんて言わないわよね?」


 いや、まさかのまさかですが?


 木登りは楽しいのだ! 登り切った達成感も然る事乍ら、視点が変わると見える景色も変わる。高い所から見る眺めは素晴らしく、何時まで見ていても飽きない。


 それに泥遊びっていうけどそれだって多種多様だ。泥団子を作る、泥で山を作る、城を作る、ごっこ遊びをする、色んな事が出来る。


 確かに服や手足は汚れてしまうけど、そこも含めて泥遊びの醍醐味だ。普段は服を汚すなんて駄目だと言われるけど、泥遊びとなると最初から汚れる事が大前提での遊びなので目を瞑ってもらえる。


 それに何といっても泥の手触りや感触は楽しい。ひんやりとしていて滑らかなあの感触は癖になる。


 折角まだ子供なのだ。子供の時にしかしないし出来ない遊びなのだから、思いっきり楽しんだ方が勝ちだ!


 どうせならうちの裏山を駆け回ったり、小川で水遊びもさせたい。隠れ家にも連れて行ってあげたい。楽しい事を知らなそうだから色んな事を教えてあげたい。


 私はワクワクしていたが、両親は深い深いため息を吐いていた。



「おはようございます、ヴェル」


「おはよう、リリー」


 という訳で王宮に行った私は、王子宮の庭園で、汚れてもいい服を着て二人で並んでいた。汚れてもいい服をといったのに王子が着ている服は明らかに良い服だ。


「その服、汚れても平気ですか?」


「汚れてもいい服をと言ったらこれを着させられたから大丈夫だよ」


「そうですか……」


 まぁ、いいと言うのだからいいのだろう。


「では、遊びますか?」


「うん!」


「木登りはした事ありま、せんよね?」


「ない……ごめん」


「木登り」というワードが飛び出した途端、周囲の人達の目の色が変わった。


「流石にいきなり木登りはハードル高いですよね?」


「ねぇ? この前から気になっていたけど、ハードル高いってどういう意味?」


「あー、難しいとか困難だって感じの意味、ですね」


「へー、覚えておこう」


「別に覚えなくていいですよー、私くらいしかそんな言葉使いませんし」


「リリーが使う言葉だから覚えたいんだ!」


 ん? どういう事?


 という事で初回という事もあり、無難にお庭で鬼ごっこをする事にした。


 最初は二人でやっていたのだが、すぐに王子を私が捕まえてしまうので、護衛の騎士さん達や侍女さん達にも無理やり参加してもらって、最終的にはかなりの大人数になった。


 最初こそ遠慮していた大人達も、そのうち本気になり、どえらい勢いで走ってきて、ちょっと怖かったが、すっごく楽しくて、時間も忘れて駆け回った。


 騎士服姿で猛ダッシュするおっさん。普段はお淑やかにしている侍女さん達が、キャーキャー言いながら、ひらりひらりとスカートを翻して騎士さん達を翻弄する姿。


 思い出しても笑える。


「はぁ、はぁ、はぁ、楽しい!」


 芝生にゴロリと寝転がって、息を切られている王子が、キラキラの笑顔で私を見上げている。


「ね? 楽しいでしょ?」


「もうヘトヘトだけどまたやりたい!」


「またやりましょう!」


 楽しい一日だった。


 鬼ごっこが終わるとみんなで芝生に座って飲み物を飲んだ。


 今日だけは無礼講とばかりに、大人達も楽しそうで、中には騎士さんと良い雰囲気を醸し出す侍女さんもいたりして和やかだった。


「じゃあまた!」


「うん、またね!」


 名残惜しそうに私の手を最後まで離さなかった王子がひたすらに可愛かった。あの可愛さは本当に何なんだろうか? 小動物と子犬と子猫、可愛い物全てを凝縮して持って来たみたいな破壊的可愛さ。男の子にしておくのが勿体ない程の可愛さ。女の私よりも絶対に可愛い。


「あれは将来女を泣かすタイプよね」


 色気のある話なんて前世を通しても皆無だったのだが、何となくそんな気がした。



「あぁ、楽しかった」


 ヴェルデは自分の部屋で今日の出来事を思い出して微笑んでいた。


 リリーナを捕まえた時の体の柔らかさに少し驚いたが、逃げ回るリリーナを追い掛けるのは楽しかったし、リリーナに追い回されるのも楽しかった。


 初めて思い切り体を動かして走り回った事も実に楽しかった。


 大人達まで巻き込むとは思っていなかったが、巻き込まれた大人達も最後には本当に楽しそうで、今まで怖いと思っていた大人達がそんなに怖くなくなった。


「リリーは僕に知らない世界を見せてくれる」


──その事がとても嬉しい。もっと僕の知らない世界を見せて欲しい。リリーが見ている世界を一緒に見たい。もっともっとリリーと仲良くなりたい。もっともっとリリーに近付きたい。


 ヴェルデの恋心は強くなる一方だった。

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