そのままで

「リリーナ……君は幻滅しないだろうか?」


「幻滅? 何故です?」


「僕は本当は気が弱いんだ。人前で話すのも苦手だし、緊張すると言葉が出なくなってしまう」


「へぇ……でもいいんじゃないですか?」


「え?」


「だってそれが王子なんでしょ? だったらそのままでいいと思いますよ? 性格なんて成長と共に少しずつ変わっていきますし」


「そ、そう?」


「少なくとも私は、俺様系で話してた時より今の王子の方が好きですけど」


「す、好き?!」


「えぇ。今の王子となら仲良くなれそうな気がします!」


「そ、そう?」


「無理してキャラ付けしようとしなくていいんですよ。ありのままの自分が一番!」


「キャラ付け?」


「あ、またやっちゃった……王子は私が前世の記憶持ちだって知ってますか?」


「知っている、よ」


「キャラ付けって言葉もその前世で使ってた言葉なんです。簡単に言うと本来の自分とは違う性格とか人格を装う、みたいな?」


「そうなんだ……勉強になったよ」


 ふんわりと微笑んだ王子。何だろうか、嘘みたいに可愛すぎる。


 飛び蹴りブチ切れからの土下座で許してもらった私は、王子と二人でガゼボの椅子に座って話をしていた。


 王子の俺様キャラは、兄である第一王子からのアドバイスで「そうすれば女にモテるぞ」って事で始めたものらしい。


 そもそも第一王子自体が真性の俺様系のようで、どうすればいいのか分からなかった王子は、そっくりそのまま第一王子の真似をしていたそうだ。


 王子自体は本当は引っ込み思案で気が弱く、緊張すると言葉も出なくなるような大人しい性格をしているそうなのだが、俺様系キャラを演じている時は何となく人と臆せずに話せたりしたので『これはいける!』と思ったらしい。


 だけどやっぱり無理をしていたようで時々酷く苦しかったそうだ。


 が、私が俺様系が嫌いだと知り、やめる事にしたらしい。良いと思う!


「それよりも……どうして誰もいないんですか? 普通護衛や侍女が何人か張り付きますよね?」


「……僕が我儘を言って外してもらったんだ」


「何故?!」


「大人がいると特に緊張するし、リリーナと二人きりで話したかったし……」


 頬を赤く染めてポソポソと話す王子がまた可愛い。何だろうか、この気持ち。……あ! あれだ! 可愛いは最強!


 ん? 違うか? まぁいいや!


「王子は可愛いですね」


「か、可愛い?」


「はい、可愛いです!」


「可愛い……喜んでいいのかな?」


「喜びましょうよ! なんたって可愛いは最強ですから!」


「最強……」


「はい! 最強です!」


 二人で目を合わせて微笑み合った。何とも和やかである。


「あの、ね、リリーナ」


「はい、何でしょうか?」


「そ、その……出来たらなんだけど……その……その、ね……僕の事はヴェルって呼んでくれないかな?」


「え? いきなりの愛称呼びですか?! ハードル高いですね」


「ハードル? ……駄目かな?」


「二人だけの時なら、いいのかな?」


「うん、それでもいい!」


「じゃあ、分かりました。ヴェル」


 愛称呼びをしたら王子は首まで真っ赤になった。今のどこにそこまで照れる場面があったかな?


「ぼ、僕もリリーって呼んでいいかな?」


「いいですよ、好きに呼んでください」


「リリー」


「はい」


「……リリー、さっきはごめんなさい。君と婚約した事を恥だなんて思ってないし、光栄に思えとかも思ってない。ただ君と仲良くしたいだけなんだ」


「いいですよ、キャラ付けの結果だった事はもう分かりましたし」


「ありがとう、リリー。君は優しいんだね」


「優しかったら飛び蹴りなんてしてませんよ」


「あ、それもそうだ」


 それから二人で、父が迎えに来るまでの間終始和やかに話をして過ごした。


 薔薇の世話はしていないと言っていた王子だったが、本当は教えてもらいながら世話をしているそうで、葉に虫が付くから丁寧に虫を駆除しなければいけないのだとか、水は朝のうちにやらなければいけないのだとか色々と教えてくれた。


「ヴェルが頑張ってお世話をしているから、こんなに綺麗に咲いているんですね」


 そう言うと思わずドキッとするような極上の笑顔を見せてくれた。本当に可愛すぎるぞ王子!



 家に帰って部屋でぼんやりしていた時に思った。


『あの時婚約を解消してもらえば良かったんじゃない?!』


 飛び蹴りからの土下座で打ち解けた流れならば、もしかしたら解消してもらえたかもしれない。


 本来は気が弱くて優しい感じがする王子の事だ、きっと「うん」と頷いてくれたかも。


「あー、失敗したー」


 まぁ、まだ十歳。婚約と言っても王子に本当に好きな相手が出来たら解消される可能性が高い。今はそこまで深く考えなくてもいいかな?



 一方その頃、王子宮の自室でヴェルデは熱い吐息を漏らしていた。


「リリー……可愛かったなぁ」


 ヴェルデがリリーナを好きになったのはあの間接キスだった。


 あんなふうに食べさせてもらう事なんかなかったヴェルデは、その行為にドキドキし、同時に、目の前で自分には余り関心を抱かずに、キラキラとした目で料理を食べ、足をパタパタさせながら美味しさを体で表現するリリーナが可愛いと思った。


 そして一気に恋に落ちていた。


 その上、自分が無理をしてキャラ付けしていた俺様系を一刀両断し「そのままでいい」と言ってくれた事でまた恋に落ちた。


 飛び蹴りされた腹には足の跡らしき痣が青く残っているが、それもまた愛おしく感じる程にヴェルデはすっかりリリーナに夢中になっているのだが、当の本人はそんな事は知らない。

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