隠れんぼ

「今日は隠れんぼをしましょう!」


「隠れんぼ?」


「鬼になった人が、隠れてる人を探し出すゲームです!」


「へぇ、隠れんぼ」


「ヴェルは隠れるのは得意ですか?」


「うーん、どうだろう? 隠れた事なんかないからなぁ」


「では、今日はヴェルの隠れんぼの才能も分かりますね」


 という事で我が家の屋敷内で始まった隠れんぼ。


 二人ではつまらないので、兄レイモンと護衛騎士の三名と私の侍女ジーナを引き込み、一階限定でスタートした。


 最初の鬼はジャンケンで負けたジーナ。


 まさかジャンケンも知らないとは思っていなくて、まずはジャンケンのルールを教える事からスタートしたのだが、騎士の御三方がジャンケンをえらく気に入ってくれて、騎士団内で何か決め事が必要な時に使っても良いかとお伺いを立てられたのには驚いた。


 いつも最終的には力比べに発展し、軽傷だが怪我人が出る事もあるのだとか。平和的に解決出来るのならばどうぞジャンケンで決めてください。


「一、二、三、四、五……もういいかい?」


「まーだだよ!」


「もういいよ!」


「「「まだだー!」」」


 もういいよの声は王子。私が隠れ場所を探している間にもう隠れ終えたらしい。


 騎士さん達は体が大きいから、その分隠れ場所を探すのも苦労するのか、みんな一斉にまだだと叫んでいた。


 叫び声で居場所をある程度特定出来るのにね。


 皆がもういいと言ったので、ジーナが探し回る足音が聞こえてきた。


 私は使われていない暖炉の中で息を殺している。


「見つけた!」


「あー、見つかってしまった」


 最初に見つかったのは騎士さんの一人らしい。


 それから直ぐに二人目、三人目の騎士さんも見つかり、兄も結構あっさりと見つかり、まだ見つかっていないのは私と王子だけ。


「どこかなー?」


 ジーナの足音と声が少しずつ近付いてくる。見つかるか見つからないかの瀬戸際のドキドキ感が堪らない。


「あ! 見つけましたよー、お嬢様!」


「見つかっちゃったー!」


「さて、残すはヴェルデ様だけですねー」


 こうしてジーナは王子を探し始めたのだが、どこに隠れたのか全く見つからない。余りにも見つからないので、こちらまで心配になってきて、みんな総出で探し始めた。


「どこー?」


「どこですか?」


 探しても探しても見付からなくて、焦り始めた頃、王子自ら「ここだよー」と情けない声を上げた。


 そこはまさかの引き出しの中。どうやって入り込み、どう引き出しを閉じたのだろうか?


 引き出しから出てきた王子は少し涙目だった。きっと誰も探してくれなくて怖くなってきたのだろう。経験があるからよく分かる。


 私の顔を見ると安心したように微笑んだその顔がまた堪らなく可愛くて、思わず撫で回したくなった。


 その後、王子が鬼を買って出たのだが、王子は絶対に隠れんぼの才能があると思った。


 隠れるのは勿論だが探すのも上手いのだ。兄なんてものの一分もしないうちに見つかり、騎士さん達に関しては数十秒という早さ。ジーナも直ぐに見つかっていた。


 残すは私のみ。今回の隠れ場所はちょっと自信があった。客室のベッド上の大量に並ぶ枕の下。


 何故こんなに枕が必要なのかは常々疑問なのだが、まだ体が小さいから、隠れても違和感がない事を知っていたのでそこを選んだ。


「リリー?」


 王子の声と足音が近付いてくる。


「あれ? ここじゃないかなー?」


 そして遠ざかっていく足音。


しめしめ、上手く隠れられてるぞ! と思った瞬間明るい光が差し込んで「みーつけた!」と王子の声がした。目の前には満面の笑みを浮かべた王子の顔。


「うわぁっ!」


 驚きすぎて心臓が口から飛び出そうだった。


「見つけたよ、リリー」


 陽の光よりも眩しいのではなかろうか? と思う程にキラキラの笑顔を向けられ、そっと手を差し伸べられたので、その手に手を重ねると、グイッと引き寄せられ、抱き締められるような形になってしまった。


「リリー」


 耳元で囁かれて擽ったい。


「探すのも上手ですね。結構自信あったのになぁ」


「ふふふ。リリーの事なら僕は絶対に見つけ出せるよ」


「ヴェルは隠れんぼの天才かもしれないですね!」


「天才? 僕が?」


「はい! 隠れるのも探すのも上手なんだから天才です!」


「…………ありがとう、リリー」


 頬に何やら当たる物を感じたが気のせいだろう。


 その後、応接室でお茶をし、王子が私の部屋が見たいと言うので案内し、満足気に王子は帰って行った。


 そして私は「好きな人が出来たら婚約は解消していいですからね」と言おうと思っていたのにすっかり忘れていた。


 思い出したのはすっかり寝ようとしていたベッドの中。まぁ次もある訳だしいいか、と眠りについたのは言うまでもない。



「天才か……」


 王子宮の自室にて、ヴェルデはリリーナから言われた言葉を頭の中で反芻していた。今まで誰からも言われた事のない嬉しい言葉だったのだ。


 ヴェルデには上に兄と姉がいて、二人とも非常に出来が良い。


 兄は口調こそ荒いが頭が良く、武芸の才能もあり、将来は立派な王になるだろう。


 姉もまたとても頭が良く、頭の回転が恐ろしい程早く、この国たっての才女だと言われている。


──だけど僕は何にもない。


 兄が五歳の頃には乗りこなしていたという馬にも乗れず、姉が六歳の頃には話せるようになっていたという外国語も全く駄目。


 剣を握ってみても兄のようには振るえない。


 姉のように人前で堂々と流暢に話す事も出来ない。


──出来損ない。


 誰も口には出さないけど、きっと皆がそう思っているのだろう。


──だけどそんな僕にリリーナは「天才」と言った。


 それが例え隠れんぼの天才だとしても嬉しかった。涙が出そうな程に嬉しかった。


──こんな僕でも認めてくれる人がいる。それが恋しいリリーだなんて何のご褒美なのだろうか?


 些細な事でも褒めてくれるリリーナ。そんなリリーナにすっかりゾッコンな王子。


 まさか、そんな些細な事で、ヴェルデが益々自分に恋心を募らせているなんて知らないリリーナだった。


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