結婚しよう

リュウ

第1話 結婚しよう

『僕には三分以内にやらなければならないことがあった』

 本当に三分で良いのかわからないのだけれど。

 やるしかなかった。


 駐車場で僕の車を見つけると、美里が手を振りながら走ってきた。

 僕は、車を降りて美里を待つ。

 美里と付き合い始めて二か月も経ってしまった。

「早く、結婚しよう」って、美里が言うんだ。

 ダラダラした付き合いはしたくないって。

 男の一年と女の一年は、全くの別物で付き合うなら結婚した方がいいと言う。

 上手くいくなら、ずーっと一緒に居ればいいし、上手くいかなかったら別れればいいと。

 僕は、美里を気に入っている。

 ちょっと背が小さいけど可愛いし、会っていて気を使わないので疲れなし、匂いも好き。

「結婚してもいいと思っているよ」って言ったら「何様のつもり、エラそうに」と僕の胸をグーでパンチする。

 美里となら、ずーっと暮らしていけると思っていた。


 ニヤニヤと笑いながら、横に来て僕の顔を覗き込んだ。

「見て見て」と美里がバッグから取り出したのは、自動車免許証だった。

 僕は、免許証を取り上げて、隅から隅まで舐めるように確認した。

 もちろん、免許書の裏もだ。

「返してぇ」と僕に手から免許書を取り上げると、バッグの中にしまってニコニコしている。

「マジかぁ」

「そう、マジよ」と、美里は僕の顔を覗く。

「どっか行こう」美里は僕の車の運転席に座った。

「えっ、運転すんの」僕は慌てて助手席に滑り込んだ。

 シートやミラーの位置の確認中だった。

「初ドライブ。大丈夫よ、免許もってるもん」

「そうだけど……」僕は心配で美里の顔を覗き込む。

「信用無いなぁ、見ててよ。大丈夫だから」

 そういうと、エンジンをかけ駐車場から一般道へと走り出した。

「危なかったら、運転、代われよ」

「わかってるわよ。うるさいわね」

 美里は唇を尖がらせて、僕を見ないで言った。


 しばらく、運転させてみた。

 別に変な所もなく、交代しながら運転したら、何処までも行けそうな気がした。

 そうなったら、楽しいだろうなと思っていた。


 車は、海沿いの道に入っていた。

 海風が気持ちいい。

 片側は海。

 漁師街は道が狭い。

 けれど、人が少ない。

 きっと、朝早く仕事を終え、寝ているかパチンコなんかに行っているのだろう。

 海沿いの道なので、適度なカーブが続く。

 運転が楽しくなり、自然と速度が上がる。

 それは、街を抜けようとした時、起こった。


 カーブを抜るところの物陰から、人が飛び出してきた。

「危ない!ブレーキ!」僕は叫んでいた。

 美里は、咄嗟にハンドルを切ったが、間に合わずボンと人を反飛ばしてしまった。

 車は、そのままコンクリートの岸壁に突っ込んでいった。


 僕は、グシャグシャになった車を見ていた。

 車の中には、僕と美里が居た。

 車の上から、眺めている感覚だ。

 幽体離脱ってヤツか。

 車の中を覗くと、二人とも怪我をしている。美里の方がひどいようだ。

「死ぬかもしれない」言葉が頭に浮かぶ。


 周りに目を向けると、美里が右に居た。

 じっと車を見ている。

「美里」名前を呼んでみる。

 聞こえたようだ。ゆっくりと僕を見た。

「あれは、私たち?」

「そうみたい」

 自分で自分を見ていることが不思議そうだった。

 その時、声がした。

「ごめんなさい、私のせいね」

 それは、髪の長い女の人で、僕たちと同じくらいの歳に見えた。

 白い綺麗な顔が、長い髪の隙間から覗いていた。

 車の後方に女の人が倒れていた。

 それは、車に轢かれた長い髪の身体だろう。

「私が轢いた人?」美里が呟く。

「ごめんなさい。私、とっても死にたかったの」そう言って、頭を垂れていた。


 遠くからサイレンが聞こえた。

 救急車だ。後からパトカーも来ているようだ。

 救急隊が、僕らの車から外に運び出す。

「男は、大丈夫なようだ!そっちはどうだ?」

「今、心肺停止した。蘇生措置を開始する」

 美里の様子を見ている救急隊員が言った。


『僕には三分以内にやらなければならないことがあった』


 僕は、美里に話しかけた。

「僕らは、今、幽体離脱しているんだ」

「何を言ってるの」と美里が僕を見つめる。

「お願いがあるんだ。このまま離れていると疲れるから、僕の体に入っていてよ。

 僕の身体に入って休んでいて。美里の身体は今、色々やって貰ってるだろ。入れないよ」

「あなたはどうするの?」

「美里の手当が終わったら、僕の身体から美里の身体に移るといいよ。そしたら、僕は僕の身体に戻るから」

「そうなの」不安そうな瞳が僕を見つめる。

「さぁ、大丈夫だって。僕を信じて、入った入った」と僕は美里を促す。

「わかったわ」と美里が僕の身体に入っていった。


 美里の身体は、今、心肺停止になったばかりだ。

 心肺停止から一分いないなら、救命率九十五パーセント。

 三分以内なら七十五パーセントで、脳障害も抑えられるはずだ。

 それを超えると救命の可能性は低くなる。

 僕は”賭け”をしている。

 三分以内なら、僕は美里の身体に入って生き返ることに。


 美里の身体は、蘇生しなかった。


 

 美里は、僕の身体を使って生き延びていた。

 身体が入れ替わったのだから、色々と驚くことが多かったようだが。

 

 美里の身体の葬儀が済んで、半年が経とうとしていた。

「あのー、美里さんですか?」髪の長い女性から声を掛けられた。

 それは、あの事故で車で轢いた彼女だった。

 驚きのあまり声が出ない。

 よく見ると、線が細い綺麗な女性だった。

 美里は、驚きのあまり目を見開き、凍ったように身体を強張らせていた。

 そんな美里に微笑みながら、女性は言った。


「美里、結婚してもいいと思っているよ」

   

「何様のつもり、エラそうに」


 美里は、眼から溢れ出る涙を抑えずに、微笑んで言った。

 

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結婚しよう リュウ @ryu_labo

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