三分で作ろう

貴良一葉

本編

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。

 学校から帰って早々に俺は今、滅多に立ち入らない台所で仁王立ちをしている。


 あと少しで俺の嫁(妄想)である清楚系アイドルのミホミホの生配信が始まるのである。花の金曜にスマホ画面の前で熱狂するのがこの俺の唯一の息抜きであり、楽しみだというのに。



 俺は野球部に所属しているが、今日に限って基礎練習をサボっていたことが発覚し、憤慨したコーチにトラック二周のペナルティを科されてしまった。

 ミホミホの生配信は十九時ジャストより。十八時半に学校を飛び出し全力ダッシュすれば確実に間に合うはずだった。既に余分に走り込まされているが、そんなこと俺の嫁への愛が上乗せされれば自然と足が軽くなるのだ。


 お陰で十八時五十分頃には到着したのだが、玄関の扉を開けると家の中がいつもより薄暗い印象だった。「ただいまー」と間抜け声で上がるのだが、いつも台所にいるはずの母の姿がない。……あれ、おかしいな。買い物でも行ったのか?

 そう思いつつ平屋の廊下を歩くと、ある部屋の前で弱々しい声が俺の名を呼んだ。


「けんじぃ……帰ったのかい」


 それは母の部屋だった。驚いた俺は部屋へ入ると、母は布団に横たわって赤い顔をし、とても苦しそうだった。

 朝はあんなに元気だったに、どうやら急に熱が出たらしい。


「ちょ、大丈夫かよ母ちゃん」

「あんた、スマホにLINEしたのに読んでないんだねぇ。晩ご飯どこかで買っておいでって送ったんだけど」


 ゴホゴホと咳をしながらそう言う母に、俺はしまったと思った。ミホミホのことで頭がいっぱいで、部活が終わってからスマホなんか見ちゃいなかったのだ。

 しかし流石の俺も熱を出して寝込んでいる母を放っておいて、生配信に逃げるほど親不孝者ではない。父は単身赴任で家を留守にしており、兄弟もいなく一人っ子である。つまり母を看病できるのは俺一人なのだ。


「待ってろ、何か食うもん作ってやる」


 そう言って母の部屋を出ると、俺は荷物を自分の部屋へ捨て置き台所へと立ち、冒頭に至るというわけだ。現時点で生配信まで五分弱しかない。三分……そう、できればあと三分以内くらいで作れるものがいい。

 冷蔵庫を開けると少しの食材はあったが、炊飯器の中は空っぽだった。何か簡単に作れて母に食わせられるものはないのか。縋る思いで俺はスマホを開いた。


 すると俺の目に〝三分粥〟という文字が飛び込んできた。

 ……何? さんぷんがゆ? 病人には消化も良くて丁度良いじゃないか。いっそ俺も晩ご飯はそれで良い。うん、材料も米があれば良さそうだ。

 タイトルだけで良く目通しもせず、俺は調理を開始した。何事も説明を読みながらやれば何とかなるものだろう。

 

 なになに? 米は八分の一カップ。米びつを開けると計量カップが入っていた。これで計ればいいのか。四分の一のメモリの半分あればいいんだな……と。米を軽く洗い、鍋に放り込む。

 次、水が二カップ。この計量カップ使っていいのかな? まぁいいや、後で乾かせばいいんだし。蛇口を捻ってカップに二回水を汲み、こちらも鍋へ注ぎ込む。


 よーし、これであとは三分くらい火にかければいいんだろ?

 お粥って楽だなぁと思いながら続きを読むと、そこには三分ではなく「三十分」という文字が書かれていた。しかも米を洗ったら三十分置き、更に三十分かけて煮詰めるのである。


 合計したら一時間。


 ……え。

 三分粥って、三分でできる粥なんじゃないの?



 ――二十分後、生配信を少し遅れて見る俺の手には、適当に選んだコンビニ弁当が握られている。母には梅と鮭のおにぎりを買って食わせ、薬を飲ませた。


 元気になった母に、ビシャビシャにした米を放置して呆れられるのは次の日の話だ。ちなみに三分粥さんぶがゆというのは、米に対する水の量の比率を表していたらしい。


 もう料理はできればしたくない。

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三分で作ろう 貴良一葉 @i_kira

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