第8話 新生活

スマホのアラームが鳴り響く音に気付いて目が覚めた。なんだか、ずいぶん昔の夢を見ていた気がする。

九年半振りに、このばあちゃん家で暮らすことになったからかもしれない。

俺は大きく伸びをすると、ベッドから出て一階へ降り、洗面所へと向かう。顔を洗ってから居間の隣の和室に行き、仏壇に手を合わせて挨拶をした。


「ばあちゃん、おはよう。今日からまたここで暮らすから。よろしくな」



俺、椹木さわらぎ凛は、この春から高校生になる。このばあちゃん家から近い高校を受験して、無事に合格できた。

そして昨日、ばあちゃん家に着いて、今日からこの家で一人暮らしを始める予定。のはずだったんだけど。



俺が小学六年の時に、ばあちゃんが死んだ。

家の近くの畑で倒れてる所を、近所の人が見つけてくれたらしい。ずっと元気だと思ってたのに…。

それからは、ばあちゃん家は空いたままになっていた。

でも、俺が中学三年になった去年、突然、父さんがばあちゃんの家を売ると言い出した。ぜひ、買いたいと言う人が現れたんだそうだ。

俺は猛反対をした。俺の好きだったばあちゃんの家を、どこの誰かもわからない奴に渡すなんて絶対に嫌だった。

だから俺は、ばあちゃん家の近くにある高校を受験して、その家から通うと宣言をした。

父さんは、少し考え込んでいたけど「そうか…おまえがそうしたいなら売るのは止めるか」と、すぐに承諾してくれた。なんでも昔に俺がばあちゃん家を離れる時に、すごく悲しんでいたのを、ずっと申し訳なく思っていたらしい。

それから俺は、今の実力よりも高い偏差値の高校を目指して、勉強に打ち込んだ。

そして年が明けた頃に、父さんの海外赴任が決まった。母さんは父さんと一緒に海外へ、兄ちゃんはすでに推薦で大学が決まっていたから、東京に残ることになった。

俺はばあちゃん家で暮らすべく、最後の追い込みをかけて頑張り、無事に合格を勝ち取った。

父さんと母さんが海外に、俺がばあちゃん家に行く一週間前に、再び父さんから、驚愕きようがくする事を言われた。


「凛、ばあちゃん家だけどな、売るのは止めたんだけど、買いたいと言ってた人が『売ってもらえないのなら、部屋を貸して欲しい』と言って来てな…。おまえが住むから難しいと言ったんだが、どうしてもとお願いされて、貸す事になったんだよ、悪いな。まあ、部屋も余ってるし、おまえ一人だと心配だったからちょうどいいだろ」

「はぁっ?なんで俺が赤の他人と同じ家で暮らさなきゃならないんだよっ。絶対に嫌だ。断ってくれよ!」


俺は父さんにまくしたてると、腕を組んでそっぽを向く。そんな俺に、母さんがにっこりと笑って静かに俺の名前を呼んだ。


「凛、本当はあの家を売る所だったのに、あなたの我儘で売るのをやめたのよ?広い家の一部屋を貸すだけなのに、なんの文句があるの?それに大丈夫よ。一ノいちのせさんは、とても上品でエリートなイケメンなのよ。そんな人があなたの傍にいてくれたら安心だわ」

「誰だよ、その一ノ瀬って…」


おおよその見当はついていたけど、一応聞いてみる。


「部屋を借りたいと言ってきた人よ。あなたがむこうの家に入った次の日にはいらっしゃると思うから、よろしくね。仲良くするのよ」

「…知らない奴と仲良くなんて出来ねぇ」


俺が不貞腐ふてくされていると、母さんが冷たい声で俺の名前を呼ぶ。この声のトーンの母さんは怖いんだ…。

俺は大きく息を吐くと、渋々自分を納得させた。

仕方ねぇ。とりあえずは家に入れてやるけど、そのうち必ず追い出してやる!

そう決心して、俺は祖母の家から通う高校生活への期待と、知らない奴と一つ屋根の下で暮らす不安が入り交じった、ひどく複雑な気持ちを抱えたまま、荷物をまとめるために自分の部屋へ向かった。



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