花が咲く
川谷パルテノン
花が咲く
「鼻の骨が折れる音がするだろ。そしたら花が咲くんだ」
憲祐が亡くなった。短気で喧嘩っぱやくて大人にも物怖じしない危なっかしい奴だった。俺にとっては初めて出来た本当の友達だった。
憲祐と出会ったのは小学生の時だった。冬でも半袖で、本人は至ってどうということもない感じだったけれど周りは変わったやつ、言ってしまえば関わりたくないやつと捉えていた。俺もその一人で憲祐のことをはじめは遠ざけていた。それが変わっていったのは俺がどういうわけだか虐めにあい始めて、そいつらはきっと誰でもよかったんだろうけど俺が何されても文句を言わないからやり易かったんだと思う。ある時、トイレに連れ込まれてズボンを脱がされしこたま殴られるなんて小学生にしてみれば度を越えた仕打ちにあっていた俺はそこまでされてもそいつらに向かって笑顔を浮かべていた。笑っていればなんとかなる。笑っていれば幾らかでも辛さが減る。そんなふうに思うようになっていた。なぜ俺なんだ。考えても答えがなくて、そのうち何もかも受け入れてしまうようになっていた。
「お前なんで笑ってんの?」
突然現れた憲祐に返す言葉がなかった。呆気に取られたのは虐めグループの連中も同じで、それはほんの数秒の出来事で憲祐が全員の顔面をグーパンで殴っていった。
「これ、なんて名前の花かな」
「助けてくれたの」
「は、ションベンするとこでしょ便所は。あ、ウンコもするか。ちょうどいいじゃん。でけーうんこみっつ。お前、笑うとこ今だろ」
憲祐は俺にとってヒーローだった。その後は中学も同じところに通った。暴力沙汰で問題が起きるとだいたい憲祐の名前がそこにあって、小学校の頃より腫れ物扱いされるようになった憲祐のことを俺だけは友達だと思っていた。憲祐も俺だけが友達だと思っているに違いない。そう感じていた。
「憲祐はどこの高校に行くの」
「行かねえよ。つか行けねえよ。俺んち貧乏だしな」
「貧乏とか関係ないでしょ」
今思えば迂闊だった。憲祐にとってはナーバスな問題だったし俺は無神経だった。今まで味方だと思っていた心強い友達。俺はどこかでその圧倒的な力に憧れるようで実のところ憲祐を盾にして安全圏を得ようとしていただけなのかも知れない。そんな人に本気で殴りかかられた時、俺は死ぬんだろうなと思ったしそれが罰だと感じていた。けれど俺は死ななかった。顔中がぱんぱんに腫れただけで生かされてしまった。憲祐とは口も聞かなくなり、俺はこの時ようやくひとりぼっちになれた。
あの日、止められるはずだった。止められないにしても一緒に死んでやれるくらいは出来たはずだ。でも俺は怖気付いた。たまたま町中で見かけた憲祐が怖そうな人達に連れてかれて、トイレで殴られていた俺みたいに一方的にやられるところを俺は物陰からずっと見ていた。キッカケも些細なことで肩がぶつかったとかそんなことで、憲祐も喧嘩を買わなきゃよかったんだ、謝れば済んでたんだ、お金なんて全部あげちゃえよ、俺には助けられないよ、脚は動かず声も出ない中で情けない言い訳だけが頭の中を巡っていった。全部が終わったあとそこにはまるで道路にとび出したせいで轢かれて死んだ野良猫みたいな憲祐の亡骸が転がっていた。何度も体を揺さぶってみたけれど憲祐はもう起き上がらなかった。何が本当の友達だ。憲祐に助けてもらったはずなのに俺には何も出来なかった。何も出来なかったせいで憲祐はひとりで死んだ。ひとりで死んだ憲祐を前にしても悲しさと同じだけ言い訳を考えてしまった。憲祐とはただ隣にいてなんにもならない話を二人でしただけで友達らしい遊びなんて何もしなかった。最後は俺が最低だったからそういうことさえ失って、もう憲祐はいない。
あれから犯人は捕まったらしい。それで何かが晴れるのか。憲祐の葬式があったのかもわからない。俺は憲祐の家族のことなんて何も知らなかった。本当に途切れてしまった。俺はこの春に進学する。本当にいいのかな。
「だーるまさんが 転んだ! おい! 今動いたろ!」
「動いてないよ」
「はい、口動いた! ぶん殴ろっかな」
「ずるいよ 痛ッ」
「手加減してんだろ」
花が咲く 川谷パルテノン @pefnk
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