手向けの花に
上海X
皮肉な言葉と着慣れぬスーツ
快晴の空の下でブレザーが靡いて、心地よい風が背中を押す。
高校の屋上っていうのは、あまりにも高揚感をくすぐるものだと初めて気付いた。
私は今、人生に二度と無い卒業式をサボっている。
「あぁ、風。クソ気持ちいい~」
高校生の集大成。人によっては淡く、心地よく、清々しい日々を送ったものもいるのだろう。
私とてその中の一部に過ぎない。青春フィルターと呼ばれるものもあっただろう。
実際他者から見てみればどうでもいい、ただの人生の一瞬に過ぎない光景に過ぎなかったかもしれないけど。
部活に打ち込み、勉学に打ち込み、時に文化祭や体育祭では思い人に寄り添って。苦く噛み締めた失恋や胸が締め付けられるほど悲しくなった瞬間だってあった。
そんなありきたりの当然の三年間が、終わろうとしているというのに。客観的に見ればなんという冒涜の極みを冒しているのだろうか。友達や好きな人は今、体育館に集まり保護者や教員の同席する中で育った紀律を証明している。
「こんなことするような人間じゃなかったんだけどなぁ」
フェンスに前のめりになって青やかな風を感じて、感慨にふけっていた。これでも成績はよろしく、品行方正な部類だった。
そんなときに、急に見ず知らずの人の声が聞こえてきた。
「あれ、なんでこんなところに」
「!」
驚いてばっと後ろを振り返る。扉の方にいたのは男子高校生。胸に花を挿しているあたり、恐らく私と同じ卒業生。
顔は見覚えはある。話したことは……片手で数えられるほどだろう。端的に表現するならば『他人』という言葉が一番似合う。
当然名前も覚えていない。私のことも覚えていないだろう。
「サボってる?」
「……うん」
「まさか同じ考えの人がいたとは……」
「それ、私のセリフでもあるんだけどねぇ……」
確固たる独立スペースだと思っていたところに、空気の読めない人間が来た。それはあちらも同じだろうが。そう思っていたところに、更に彼の後ろに人影が見えた。
「ん? なぁにしてんだ二人して」
「先生」
「なんだあ逢引きかぁ?」
「「違います」」
少し緊張感がともる。普通に考えて私たちがサボっていることは先生からしたら指導案件だろう。だが、先生は私の近くのフェンスに同様に腕を伸ばして煙草とライターを手にし始めた。
「先生、何してるんですか?」
「一服」
「いやマジでなにしてんすか」
「内緒だ内緒。あんたたちも同じでサボってきたんだろう? 悪い奴らめ。黙っててやるから」
「うわぁほんとにこんな人いたんだ」
「なぁに言ってんだ普通だったらちゃんと指導してる」
「…………ははっ。ありがとうございます」
煙草に着火して、灰色の煙を空に飛ばす。
男子も外の景色見たさにこちらに歩み寄ってきた。
体育館の窓からほんの少しだけ中の様子が見える。
「おぉぉやってる」
「皆偉いなぁ」
「そいやお前らは知り合いか何かか?」
「いや、たまたま同じ考えで出くわしただけですよ」
「なんだそれ」
感慨にふけっていたさっきまでの私を返してくれと思いながら、二人の声を傍聴する。どうでもいい話を淡々としながら、卒業後の話をしていた。男二人の会話なんて私にとっては最もどうでもいい。
彼氏は今向こうにいて、友達が早く戻ってくることを心待ちにしている。
「そいやお前はなんでサボったんだ?」
「へ? もしかして俺怒られます?」
「いや、ただの興味本位」
「うーん……なんか、卒業式って強制的にしんみりした空気にさせられて余韻に浸れないっていうか……」
「なぁんだそれ中二病かぁ?」
「違いますよ! ただなんていうか……。ここまで来て自分で物事の終わりを勝手に決めつけられるのはなんか癪っていうか」
「ガキか」
「ちょっ‼ それ絶対先生が言っちゃダメなセリフですよ!?」
「はっはっは! んでそっちは?」
なんか私にまで飛び火した……。まぁ黙認してもらっている以上仕方ない。
「私も同じですよ」
「なんだつまらん」
ふぅぅぅぅぅ、と煙を男子の方へ吹きかける先生。「うわっ! くっさ!」と男子は顔に吹き付けられた煙を振り払っている。
この先生やべぇな本当……。
まぁ、理由という理由としては本当に男子の意見と合致していた。別に学校の思い出が楽しかったから居座って居残りたいわけじゃない。ただ、本当に子どもみたいな理由だけれど、さみしさを紛らわしたくてここに来ただけだ。
多分、あそこにいたら流されやすい私は涙腺を緩ませて汚い顔を見せてしまうだろうから。
「なんか面白い理由があると思って聞いたのに」
「そういう先生はなんでサボってるんですか」
「? なんでも何もこの時間は俺の一服タイムだ」
「(……なぁ、この先生マジでヤバくね?)」
「(……それは同意)」
「おい聞こえてるぞ」
「はぁ……」と、煙草を持っていない方の手で頭をくしゃくしゃとかいた先生はトントンと灰を灰皿に入れた。そして、フェンスに背中を預ける。
「俺は正直お前らの学年をそんなに受け持ってないから出る必要性を感じない。それに、何年教員やってると思ってるんだ。見飽きるわ」
「えぇ……」
「でも」
先生は急に真面目な口調になって、私たちに告げた。
「お前らの卒業式は一回だけなんだから出ておけよ。
変にかっこつけてサボったり、馬鹿なことはしなくていいんだよ。ただ親を安心させて、担任に笑顔見せつけて、思い出ここに置き去りにしてきゃいいんだよ。どうせ高校生のことなんて数年経ったら忘れてる」
ぽかんとしている私たちに、先生はこちらを向いて目を向けた。先生はなんの変哲もないただの日常会話のつもりで話していたのだろう。私たちの顔をみて逆に目を丸くさせていた。
「なんか先生が良いこと言ってる……」
「変な感じ」
「お前らなぁ……」
段々と恥ずかしくなってきたのか、口を歪ませて耳を赤くさせている。こんな当然を当然と思える先生がいたことになんで早く気付かなかったんだろう。
「反面教師はこういうときにしか株を上げられないからな」
「卒業する俺らに言ってどうするんすか」
「ばっか記憶に残すためだよ。誰でもよかったしな」
「うわぁ……」
三年間でまともに会話した中で、一番腐っているものが最新の記憶に更新されてしまった。こんなことなら正しく無難に卒業式に出ていればよかった。
これからなんでも夢を叶えられる私たちに向ける言葉としては最低点の言葉だろうに。
「……ッ」
ちくりと刺したその胸の内の言葉に酷く心を抉られる。
その表情を察したのか、先生は馬鹿を見るような目で私に視線を向けた。
「これから大人になるお前らに向けてもう一つだけ言っておこう」
「……?」
「大人はな、お前らが思っている以上に馬鹿だ」
堂々とキメ顔で発言した言葉は、やはりその人の言葉だという確証のある重みがあった。
「……そりゃそうでしょうよ」
「お前ら俺のことそんな馬鹿だと思ってたのか」
「い、いやそうではなく」
「まぁいい。大人だって泣くし喚くし頭衰えるし下手な高校生より圧倒的に馬鹿だ。
単にそういうやつらになるなと言ってるわけじゃない。規律を守れない奴らになるなと言ってるんだ。義務教育でならったことを守る意味は
何がしたくて、何をするために何をして何を成し何を捨て何をすべきで何がしたいのか。
迷うなよ」
それからの言葉は、私の耳には入ってこなかった。
じきに卒業式は終わり、皆が帰ってきていた。
~~~~~~~~
―――四年後。
快晴の空の下でスーツが靡いて、心地よい風が背中を押す。
「おいおい、なんでここにいるんだよ」
「妹の卒業式だったんで」
「はぁぁ……。そういうことか」
私は同じ場所に立っていた。
あれから何回泣くことがあっただろう。何回絶望することがあっただろう。数えきれない感動と感慨と、形容できない感情を胸にして。私は同じ場所に立っていた。
あの男子はあれ以降会うことはなかった。当然、どうでもいい記憶の片隅の住人だ。あれはあれであれなりの人生を送っているのだろう。気に留めることはない。
だって、私のことなんて気にしてないように、あの人だって私のことなんて気にも留めてないだろうから。
「それで、何かできたのか?」
両の手を後ろに組み、振り返った先に見える先生に向け、笑顔を見せる。
「はい。――――」
私も、そんな皮肉な言葉を言いたくなったのだ。
手向けの花に 上海X @alphaK
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