第11話 頂上決戦

午後4時、魔京御苑ぎょえんにて頂上決戦開幕。イザヤの殺意に満ちた初撃が魔王に食らいつく。迫り来る天叢雲を左手だけで受け止めると魔王は立ち上がった。

 

簾は砕かれ、魔王の顔があらわになる。その顔は邪神と人が混ざり乱れた醜く恐ろしいものだったが、それでいてどこか哀れでもあった。


僅かな迷いさえ捨てたのか、魔王の姿は変容していく。人間らしい所は消えていき、その体は完全に異形と化した。


頑強な筋繊維が全身に張り巡らされ、黒く鋭い甲殻がそれを覆う。いくつもの冷たい眼がこちらを凝視し、獣のような口が開かれる。


「一つだけ約束しよう。この戦いは必ず一対一で行う」


「正々堂々か。悪くない」


「容赦はしない。後悔もない。決意は固く、ただ貴様を殺すのみ」


「それで良い。私も全力でいける」


「天叢雲ッ!」「天羽々斬アマノハバキリっ!」


互いに本気で殺す太刀筋だ。イザヤと魔王の剣が真っ向から衝突する。魔王が扱う黒鋼の剣『天羽々斬』 七分の一の確率で、あらゆるスペックやスキルを無視して相手を即死させる一撃を放つという。


しかし当たらなければどうということはない。さすが魔王の攻撃は今までのどの邪神よりも俊敏だが、イザヤの異常な反射神経には敵わない。


彼女は攻撃を目で見るのではなく、相手の敵意を感じたり動きを予想して事前に行動している。なので圧倒的物量での包囲攻撃や意表を突く奇襲でない限りそもそも当たりさえしない。


「流石だイザヤ、しかし余はこの国の王。ここでは全ての事象が余に味方するぞ」


遥か彼方から座敷の壁をぶち破り飛来した拳程の物体が凄まじい速度でイザヤの白い脚を貫く。何がおきたんだ!?


少し離れた所で二人の戦いを傍観していた俺の所に勢いをなくしたそれは転がってきた。彼女の脚を貫通して血を浴びたそれは小さな石ころであった。


「この国で起こる事象全てが余の助けとなる。これこそ『日霽天祐神座ニッパレテンユウカムクラ』神より賜りし余の異能」


石ころをもっとよく観察すると、それは火山から噴出される岩石の一種であると分かった。


「都合よく起きるほんの少しの噴火、それにより生じた噴出物が貴様の脚を的確に貫いた」


「なんだそれっ、ご都合主義も大概にしろよ」


本当にその通りだ。魔王がそんな能力を持っているなんて聞いたこともない。実力はイザヤの方が上だが、運は魔王に味方しているということ。戦いの行方が分からなくなってきた。


脚を負傷し体勢が崩れた彼女に、魔王は天羽々斬を振り下ろす。胴を両断する筋で刃は彼女に迫り来る。


「七度に一度の絶対的な死。その事象を一度目で起こすことなど今この場では造作もなし」


山ン本戦で見せたように彼女はどんな致命傷を受けても、八尺瓊勾玉の効果ですぐに傷を治してしまう。ならば魔王のこの一撃、受けても問題はないはずだが……


即死となれば話は別、勾玉の能力を発動するより前に殺されたのならば蘇生は不可能だろう。


そして何より、このヤマトという場所では魔王に都合のよい事が起きる。きっとこの一撃には『即死』の効果が付与される。食らえば確実に彼女は死ぬだろう。


「この程度で勝ち誇るな」


窮地に瀕して尚、彼女は顔色一つ崩さずに適切な判断を叩き出す。


『自切』カニやトカゲが危機に直面した時、腕や尻尾を自ら切り落とすことでそれを回避する。再生能力を持っている者だけの特権。


何の迷いもなく彼女は自殺的行動に出た。魔王に斬られるはずだった肩から胸部を自らの剣の圧倒的出力で先に切り落とす。これにより彼女の左半身は完全に欠損し、魔王の即死攻撃は空振りとなる。


「八尺瓊勾玉」


間髪入れずイザヤは勾玉の能力を発動させる。欠損部位を瞬時に修復し反撃に転じる。


彼女の剣から溢れだす光線は周囲全てをなぎ払い、小御所という建物は崩壊した。煌めく光撃が魔王の身体に無数の傷を与え、その左腕を弾き飛ばす。


青い空の下、西に傾いた太陽を背にしながら彼女は改めて剣を構える。山ン本と戦った時よりも出力は確実に落ちているが、魔王とてかなりのダメージを負っている。どうやら奴には回復能力のようなものはないようで、左腕の断面からは黒い血液が溢れ出ている。


「やはり正攻法で戦っても勝てぬか。では代々継承される天神家の力をもって終わらせよう」


左腕を失っても魔王は威厳を失うことなく、この戦いの勝利を確信しているような面持ちで、残った右腕を天に掲げる。


まさか『日霽天祐神座ニッパレテンユウカムクラ』の他にまだ特殊な力があるとでもいうのか……


「神風」


何もかも不気味な進化を遂げたヤマトの中で、唯一美しかったのが空。しかし魔王が腕を上げた瞬間、

晴れ渡っていた青の空に暗黒の穢らわしい雲が立ち込める。


「これぞ天候を自在に操る天神家当主の権能だ」


「これはちょっとまずいかも……」


狂気の雲に日光は遮られる。初めて彼女の顔に不安の色が表れる。


地上に届く光量は微々たるものになってしまった。彼女の能力は光に依存する。日が完全に沈んでいない限り休眠状態にこそならないが、この光量では能力に大幅な下方修正がかかることになる。


さらに状況は厳しくなる。天候変化と同時に発動される『日霽天祐神座ニッパレテンユウカムクラ』 悪天候により生じる自然の脅威はすべて魔王の味方となる。


肌を切る突風と止めどない落雷が不自然にイザヤを襲う。彼女はまるで避雷針にでもなったかのように、一身に雷を集めている。道真の雷撃よりも強力な自然の猛威が彼女を襲う。


何本かの雷は剣でさばくが、防ぎきれなかったものは彼女に直撃し、その身を焦がす。さらに鋭い風に全身をいたぶられ、その白い肌は血と焦げで朱と黒に染まる。


自然の猛攻だけではなく天羽々斬にも注意しなければならない。左腕を失っていてもその攻撃は強力なもので、イザヤは剣を受ける度によろめいている。


圧倒的に不利な状況、それでもなんとか彼女は魔王と張り合っている。しかし日は刻々と沈んでゆき、彼女の力は弱まるばかり。今は辛うじて拮抗しているが、このまま戦いが続けばイザヤはいずれ敗北する。


何か決め手がなければ彼女が負ける未来は変わらない。俺にできることを考える。しかし目の前で繰り広げられている戦いのレベルはただの人間以下の俺にどうにかできるもんじゃない。


今までに得たあらゆる知識をもってしても、打開の策はでてこない。圧倒的な力の前では知識など無力、虚しいもの。俺は役立たずだ……そんな時、背後から声が聞こえて俺は振り返った。


「ノア助けに来ましたよ」


聞き慣れた落ち着きのある声……振り向くとそこには彼がいた。まさかこの土壇場でこんな奇跡が起きるなんて。起死回生の一打の予感、彼が来たからにはもう大丈夫だ。俺は勝利を確信した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る