第9話 魔京の王

午後3時、俺たちは難なく目的地にたどり着くことができた。敵も諦めたのか、広島から魔京の陸路は快適で安全なものだった。


ここは魔境の入り口『羅生門』、一目で感じた印象は化け物の口。門の細部には見たことのない文字が刻まれており、読もうとするだけで吐き気をもよおす。巨大な歯のような扉はきっぱりと閉じており、歯茎を出して笑っているように見える。


「さぁ行こうか。魔王を殺しに」


イザヤは城門の入り口を破壊しようと剣を構えた。

しかし彼女が剣を振るうよりも前に、歯はギチギチと震え始め、門戸は上下に開く。 


門の前には大きな一本道『朱雀大路』が食道のように伸びている。ヤマト式の建物がずらりと並んでおり、街は華やかにうごめいている。


俺たちの前に立ち塞がる一人の男。金色の袈裟けさを着たスキンヘッドの白い僧。たった一人で中国を滅ぼした悪名高い邪神、名を金剛と言う。


「ようこそ都へ。入りなされ、王がお待ちだ」


僧侶は着いて来いとばかりに背中を見せ大路を歩き始める。


「なぜお前について行く必要がある?」


「我々の王は話合いでの解決を望んでおられる。気に入らぬのなら蛮族らしく進むが良い。こちらも容赦はしないが」


複雑に考えずとも分かる。話し合いでの解決なんぞ奴らが望んでいるはずがない。これは明らかな嘘、イザヤの活動時間を削ぐための口実。


だからこんな提案に乗らなくて良い。この僧を倒し、魔王城に攻め込むしか他にない。それはイザヤとて分かっているはずなのだが…………


「良いだろう。最後くらいお前らの遊びに付き合ってやる」


あまりに素直、イザヤは剣を収めると僧の後に続いた。鹿と化した八咫も俺を乗せたまま、さらにその後ろについて行く。


「なんでっ……?」


「ごめんねノア。最後にもう一度だけ魔王と話したい」


まさか本当に邪神との講和が成立するとでも思っているのだろうか? いや……もしかすると話し合うと見せかけて不意をついて魔王を殺る気か?


金剛に攻戦の意思はないようで、武器も持っていないし、怪しい動きもない。俺たちは導かれるままに魔京を進む。


東西にはいびつにうねった巨塔がそびえ立っており、こちらを凝視している。周辺に邪神の姿はない。おそらく最終決戦を想定して、レベルの低い邪神たちは魔京から離れたのだろう。


赤い川には沢山の頭が流れている。街は異様に蒸し暑く、死臭が蔓延している。人骨にも似た木々は枯れ果て、崩れかけの白い鳥居が血を流しながら死に絶えている。


何より不気味なのは生活感があること。人ならざるものが人の生活を模倣している。魔京はそんな街。普通の人間なら耐えられず、発狂してしまうだろう。


午後4時頃、俺たちは魔王城に入る。城といっても厳島城のように天守閣を持つ城じゃない。もはや城なのかも怪しい。どちらかというと庭園、そこに防御のための城壁や武装などはどこにもない。


それも理に適ってはいる。ここに住むのは世界最強の邪神、魔王なのだから下手な武装などいらないはず。そもそもここまで来れる者も今まではいなかっただろう。


目玉みたいな砂利を踏みしめながら、俺たちは庭を進んでいく。数分歩くとその建物は現れた。


りたつ瓦、所々に施された花の造形、黒と金で構成されたその建物はいかにも魔王の住まいという感じだ。御殿の入り口の先には闇が広がっている。


「これより先に進めるのは神の御血を継ぎし者のみ」


金剛は御殿の前で止まると俺たちに道を示した。その言葉の意図は謎、神の血とはなんだ? 俺かイザヤのどちらかに神の血が流れている、そういう風に捉えるしかない。

    

入って良いのはイザヤだけだと思っていたが、俺を乗せた八咫もその後について行く。金剛に止められるかと思いきや、意外なことに彼は顔色一つ変えずに腕を組んでこちらを見守っている。


「えっ? 俺、も?」


「何も言わないってことは、まぁ良いんだろ」


「んっ……な、適当な……」


結局二人で入り口から入り、真っ黒な廊下を進む。ここは敵の本拠地、どこからどんな攻撃が来るか分からない。警戒しながらも音一つない道をひたすら進む。


御殿に入ってからも奇襲などはなかった。まさか本当に話し合いでの解決を望んでいるのか? あっさりと廊下を抜けるとその先には奇妙な空間が広がっていた。


想像していた玉座の間とは違い、あまりにも簡素でグロテスクなものは何もない。50畳程の広間の真ん中にはうるしの座がどっしりと構えている。


そしてそこに鎮座する一人の男、あれこそ邪神どもの王に違いない。四方にはすだれがかかっており、その顔を直視することはできない。


その躯体からは重厚感が溢れ出ており、顔を見ずともこの男が尋常ではない強敵であり、他の邪神とは格が違うということは一目瞭然である。


「よく来たねイザヤ、そしてノア」


魔王の声は恐ろしい程透き通っていて、耳の奥まで真っ直ぐに届いた。それはまるでイザヤに初めて名前を呼ばれた時のような感覚、体が火照る。奴はなぜ俺の名を呼ぶ?


「久しぶり。雰囲気が変わったじゃない。前はもっと魔王らしかったけど、今は随分小さい」


「もう争う必要はないので。余はずっと其方そなたらと話したかった」


「話したかった? 太宰府と厳島ではひどいもてなしを受けたけれど」


「配下の非礼を心より詫びる。来訪を知っていれば丁重に扱った」


「信じ難いな。何が狙いだ?」


「ここでは落ち着かぬだろう。場所を変えよう」


変だ。まばたきした瞬間、景色が一変した。さっきまで玉座の前にいたはずなのに、いつの間にかまったく知らない和室に飛ばされた。まるで夢でも見ているような心地。これも魔王の力なのか……


「ここは小御所、対談の為の場所」


対談だと? 本当の目的はイザヤの時間を一秒でも多く削ることだろ。だからイザヤは無理矢理にでも、早くこいつと戦わなきゃいけない。彼女だって分かっているはずだ、それなのになぜ動かない!?


「安心しろ。この部屋には外部とは別の時が流れている。悠久の時の中で我々は互いに不干渉、できるのは対話のみ」


「奴の言葉に嘘はないよノア。でも早く本題に入って欲しいな。こっちもこらえるのに限界がある」


俺の憤りを他所よそに二人は共通の理解があるようで落ち着いている。時間の流れがない空間など信じられないが、イザヤがそれを認めている以上俺にはどうしようもない……


「それでは事を急ごう。何も知らぬ者たちのために少し昔話をしようか」


魔王が指を鳴らすと同時に俺の頭には情報が流れ込む。意識は彼方に飛ばされ、時間の旅が始まった。





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