第8話 八尺瓊勾玉

地響きと共に彼女は現れた。天叢雲アメノムラクモの斬撃が辺りを埋めつくす邪神を次から次へと始末する。妖怪といえども、その攻撃を耐えることはできず、次々にむくろの山が積み上がっていく。


しかし太宰府の時とは訳が違う。倒せど倒せど奴らは復活し、イザヤは一向に前に進めない。


行く手を阻むのはいずれも名だたる大妖怪。少しずつだが彼女は劣勢になる。その腕は食いちぎられ、その足は刃物に断たれ、その腹には風穴が空いた。それでもイザヤはこちらだけ見て突き進む。


「見ろ、見ろ、見ろ! 痛そうじゃのお!」


「イザヤ!」


そのうち両足がもげて、遂に彼女は地面に倒れた。倒れた彼女に群がる邪神たち。その体を踏みつけ、蹴飛ばし、痛めつける。


「かかかっ! ええ気味じゃ!」


「何もわがっでない……ごぅなったらお前ら、終わりだっ」


「はぁ? 負け惜しみかぁ?」


過去に一度同じような状況になったことがある。島に数千の邪神が来た時のことだ。彼女はいつも通り戦ったが、その数に圧され今日のように敗北しかけていた。


そんな窮地に立たされた時、彼女は"アレ"を使う。今まさに、血まみれになりながらも彼女は右手を胸元にやった。小さい緑色のペンダントを掲げ、その名を呟く。


八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ


それは光り輝き、旋風を巻き起こす。玉の真ん中に空いた穴の中に全てが吸い込まれていく。


吸い込まれていくと言っても、体が風にさらわれるという訳じゃない。この玉が吸い込むのは『生命力』である。


髑髏も九尾も巨人も関係ない。それが何であろうとその命が尽きるまで搾取は続く。


妖怪たちは老いていく。何千年分の寿命を持っていても、それを全て持っていかれれば自然と老いる。そして老いの先にあるのは「死」、次々にその体は崩壊していく。それだけではなく、周囲にある土も草も全てが干からび、城付近は一瞬で不毛の土地となった。


一方でイザヤは先程負った傷を完全に治し、再び立ち上がる。他者の生命力を吸収し、自身の力とする。それが三種の神器『八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ』の能力。


「はぁっ……?」


鳩が豆鉄砲でも食らったような山ン本のまぬけな顔、良い気味だ。さっきまでの圧倒的優勢が崩れ、相当焦っているのだろう。


「だがらっ言ったろ」


「こりゃあんまりじゃろ……」


ご自慢の百鬼夜行は全滅、イザヤは迫っている。まさに万事休す。それでも山ン本は不敵に笑む。


「ええぞ、ええぞ! ならば儂が直々に殺してやる」


奴は難儀そうに立ち上がると、腰の刀をゆったり抜いた。その瞬間、イザヤは天守閣に転がり込み、山ン本目掛けて、長剣を振り上げた。


「妖刀滑瓢ぬらりひょん」「天叢雲ッ!」


刀と剣がぶつかり合い火花が散る。激しい衝撃の後、山ン本の刀は粉々に砕けた。


「なにぃっ!?」


そりゃそうだ。今は正午……イザヤが最も強くなる時間だ。彼女の力は太陽の高度に依存する。高ければ高い程その能力は最大限に発揮されるのだ。


「妖怪ごときがなめた真似をしてくれたな。その命をもって償えよ。山ン本五郎左衛門ッ!」


イザヤの姿は凛々しくも荒々しく、その口調は普段より強いものだった。


「ぬぁぁぁぁっ……!」


山ン本は絶叫しながら真っ二つに裂けて死んだ。広間に残された俺とイザヤ、畳も彼女も血まみれだ。


「怪我はないっ!? 何もされてないか!?」


さっきまでの荒々しい様子から一変して、イザヤは眉を落として俺に触れる。


「あぁ。このどおり」


「本当にっ!?」


「無事だかっら」


彼女は俺の体をすみずみまで確認して、怪我がないことを確認すると一息ついた。


「ごめん。私がもっとちゃんとしてればこんなことには……」


「ごっち、こそ」


「もう魔京は近い。これから先何があるか分からない。もしかしたら私は魔王と刺し違えるかも……でもノアは絶対に死なないで」


イザヤの口からこんな台詞セリフは聞きたくなかった。彼女は昔から強い人で、それでいて俺をリスペクトしてくれていた。彼女の隣にいれることが俺は嬉しかったんだ。 


しかし今の言葉はどうだ? 俺はこれじゃ子供、過保護にも程がある。確かに俺は戦えない。だが何か役には立てるはずだ。それに、そんなに心配ならなぜ俺を連れてきた?


「ぞんなごと、言うな……」


俺の心にかかったもやが晴れることはなく、そのまま俺たちは魔京に向かった。

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