第4話:『私』のオリジン
「よう、アシュリー」
「……また来たんですか」
「いやなに、珍しいと思ってな、お前が懲罰房行きなんて。お相手がよっぽどきついことをやらかしたんだろうな」
「……先輩は」
「うん?」
一呼吸おいて言う。
「先輩は私が悪いとは思わないんですか?」
「……お前は、理由もなく人を傷つけることはしない。いや、出来ない」
「……」
「まぁ、これに懲りたら規律はしっかり守ることだな。サンドバッグごっこで壁のシミになりたくなかったら、な?」
「……私……その……」
先輩には知っていてほしいのに、勝手にキュッと口を結んでしまう。
「おう、また後で、酒場で聞いてやる。お前の奢りで」
「……割り勘ですよ」
本当に偉大で、完璧な先輩。でも、俺は———
俺だけは、彼がどうしようもない弱さを持っていると知っている。
あの日、キャンプの裏で聞いてしまった。
「残念だが、ご臨終だ」
「……そうですか」
「……君の最後の同期だったんだろう? 涙一つ流さなくてどうする」
「……どうやら、俺は心まで冷酷な軍人になってしまったようで」
「そうか……全員! 最後まで国のために命を賭して戦った誉高き仲間に、敬礼ッ!」
『『『『『『『『ザン!』』』』』』』』』
「あ、あの! 俺のことを庇って副官は!」
「……」
しばらくの沈黙。
「……すみません、ちょっと」
そのままテントを出て、キャンプの外に駆ける先輩の背中を、衝動的に俺は追いかけてしまった。
「……先輩?」
「あぁ、アシュリーか」
「……どうしたんですか? キャンプ外に出るのは規律違反ですよ。これだけは避けろって言ったのは、先輩じゃないですか」
どうしてもその背中に何も言えなくて、大丈夫ですかって、聞けなくて。
そんな当たり障りのないことで茶を濁してしまう、自分が憎くて。
「ここさ、あいつが倒れた場所らしいんだ。本当にここかはわからないんだけどさ、酒の一つでも注いでやろうって。あの見た目で俺よか酒豪だったからなぁ」
……盗み聞きしたの、気付かれてる。
「あの……」
「ん? あぁ、いい。聞き飽きた」
「……っ!」
違う。俺が言いたいのはそんな建前上の言葉じゃない。
……ただ、この人には救われたから。
ここに来たばかりの頃、前世の価値観がまだ抜け切れてなくて、初日で数回は指導された。
「最後の動機が死んだってのに、涙が毛ほども出てこない。どうやら、俺のプールはとっくに枯れてたらしいぜ?」
「違う!」
これだけははっきり否定できる。
性別、男尊女卑、死生観、司法の在り方、奴隷制度、人種差別。
全部が向こうとは程遠くて、深く絶望した。
初めて人を撃ち殺した時、使いものにならなくなった俺を担いで帰還に成功したのはレイド先輩だ。あの場で見捨てる判断もできただろうに……
「……クソですね」
「(……はぁ?)」
先輩と俺の心の声が被った。
突然出てきた自分の本音。
不思議と、その言葉が胸に沁みて……
「……今なんて言った?」
「何度だって言ってやります、クソですね。先輩も、先輩を残して逝った同期の方も」
「……いくらお前と言えど、最後まで仲間を守り抜いた立派な最後だ。侮辱することは許さない」
「その最後がクソだって言ってるんですよ。仲間を庇って死んだ? そんな最後に意味なんてない。たった一度きりの人生だ。そんなくだらないことで終わってたまるか」
「……」
呆気に取られる先輩に追い打ちをかけるように続ける。
「私は、そんな先輩不幸な事はしません! 彼女の死は……ッ! 決して褒められた行為ではありませんが、仲間を守ってやったと言う恐ろしくくだらない行いに対して、大変不本意ではありますが、ここに奉ってやろうじゃ無いですか!」
気づかないうちに、俺は涙を流していた。
「フゥ———……先輩、ご飯食べに行きましょう。特別に、奢ってあげます」
「そうだな……行くか!」
その日初めて、俺は———私は、先輩の笑顔を見た。年相応の、青年の顔だった。
◇◇◇◇◇
———どんな
———そうだな……戦場だとは思えない、滑稽で能天気な明るさで、とにかく先輩思いな
「……あっ! いたいた! センパァイ!」
今日も俺は自分を着飾る。たった一人の、最愛の先輩のために。
「なぁにそんな顔してんすか! ご飯食べます?」
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