第3話:天使と悪魔のガーリックオニオンバターパン

「ただいまぁ〜。何やってるの? 母さん」

「パンを作ってたのよ」

「おぉ、お餅つきマシーンに正規の使い道ができたか」

「それは言わないお約束。はいこれ」


 小麦粉が焦げた匂いを嗅ぐと、我が家だなって思う。自分が帰り、そしていつか還ってくる場所。

 この世界の魂の管理がどうなっているのかはわからない。しかしたとえ、魂すらもこの世界の住人になってしまったとしても、どうか神にお願いしたい。


 神は死んだ、なんて言わせないでよ、俺はただ……






 また、あの家に—————






 ◇◇◇◇◇







「そろそろですかね」


 レンガ造りのお手製オーブンを開けると……!


 まず真っ先に思うだろう。『香りからして違う』、と。


 レーションに付属している廃棄麦を使ったかのようなパンの匂いではなく、発酵を重ねた生地による、軽く焦げたようなあの匂いが鼻腔をくすぐる。


 大量の水蒸気と、暖かな匂いと共に姿を現したのは、向こうの世界で、いわゆるコッペパンというものだ。


「……あち!」


 早速食べようと、お皿に移す際に手を使ったが、焼きたての熱さに手の皮が耐えられず、ちょん、ちょんと、少しずつ動かして皿の上に載せる。


 とりあえず2個とって、残りの2個は保温しておくべく、もう火を切ったオーブンに残す。


「……それが、貴族でさえも食べられないというパンか?」

「そっすねぇ、私も焼くのは初めてっす」


 コッペパンの耳を軽く摘んで、真ん中から二つに割ってみる。軽い抵抗を感じるが、ふんわりしたパンの柔らかさが伝わってくる。


「いただきます」

「? 何それ」

「私の村の風習っすよ。食べ物やそれを作ってくれた人に対しての感謝の気持ちを伝える言葉っす」

「へぇ……イタダキマス?」


 半分にしたパンをさらに一口サイズに千切り、ほうばる。


 ———はもっ!


「……ん!」


 食感はかなり硬めの感じだ。向こうで言うと、パンよりもブレッドみたいな感じかもしれない。パンもブレッドも同じ意味だが、ニュアンスの雰囲気だ。


 ———もしゃ、もしゃ


 噛み締めるほどにデンプンの優しい甘さが広がり、鼻腔に逆流して香る小麦の香りがさらに食欲を加速させる。それだけじゃない、これは……リンゴの匂い! パン酵母を作る際に利用したリンゴの風味が、美味しいパンをさらにフルーティな風味に仕上げている。普段食べているパンとは大違いだ。


「……ッ! これが……パン!?」


 先輩も想像以上の美味しさに驚いている。自分で苦労して作ったプラス前世の智の結晶を同時に味わっているのだ。感動とおいしさも一入ひとしおだろう。


「どうっすか? 先輩」

「……正直言って、空いた口が塞がらない。いつもの固いパンじゃない、それに美味しいだけじゃない。ちゃんと歯で噛み切れるから、小さな子供にも食べやすい。いつまでも麦粥を食べる必要もない」


 そのまま、2人でせっつくように一つ目のパンを完食した。


「……先輩、今のパンが、もっと美味しくなるとしたら、どうします?」

「ただでさえ美味いのにさらに美味しく……!?」

「はい……!」


 グレーターおろし金で、皮を剥いて水に晒しておいた玉ねぎをすりおろし、フライパンで飴色になるまで炒める。全体が甘く仕上がったら、そこにこれまたすりおろしニンニクとバターを加える。


 バターとニンニクの焦げる悪魔的な匂いがキャンプ中に広がり、先輩の唾を飲む音がきこえる。かく言う俺も、さっきから涎が止まらない。出来たそれを、斜めに輪切りにし、軽く炙ったパンの上に乗せる。


「まだ終わりじゃないっすよ」


 その上から大活躍のグレーターでチーズをこれでもかとかける!


「これ、絶対美味いやつッ!」



 あとは少し冷めてきたオーブンに入れて数分放置すると……!!


「『天使と悪魔のガーリックオニオンバターパン』、完成っす!!」

「……じゅる」


 実食!


 ———サクッ! カリカリカリカリ……


「ん!? うんみゃい!」


 炙ったことでパンの香ばしさが増し、表面サクサクに仕上がっている。何より美味しいのがこのガーリックオニオンソース!


 ニンニクの香りが食欲をさらに増加させ、ピリッとした独特の辛さが飴色玉ねぎの甘さを際立てている。そこにチーズまで加わったらもう……


「さいっこう……!」

「あぁ……!」


「……」


 食べ終わったあと、先輩は名残惜しそうに空になった皿を見ていた。


「また作ってあげるっすよ……小麦粉さえあれば」

「……あぁ、楽しみにしてる」

「なんかうまそうな匂いが……」

「やば!? セセセセセンパイ! 退散、退散しましょ!」

「お、おう。でもこの窯どうすんだ?」

「こう言う時の〜〜〜魔法鞄マジックバック!!」

「でかした! あばよぅ〜〜〜!!」

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