愛する姫を守るために奮闘するとある王様のお話

かめちい🐢

愛する人を守るために奮闘する、とある王様の話 

「陛下、先日お伝えした我が国に潜伏する、デビル王国スパイの話ですが、ようやく先ほど身柄を拘束したとの連絡が入りました」


 と、部下が俺に進言した。


「そうか、それで、そいつを取り調べた結果分かった情報を話せ」


 と、俺は部下に尋ねたのだが、


「それが…」


 と、部下が言い淀んでいる。何か俺に話しにくいことでもあるのだろうか。


「早く話せ」


 俺はそう部下に命令したところ、部下はようやく話し始めた。


「それが捕まえたスパイによると、我が国から他国に情報を流しているのは、ノワール大臣であるということが発覚いたしました」


 その言葉を受け、玉座の間に電流のような衝撃が走り、一瞬で静まり返った。室内の重臣たちは皆驚いた表情を浮かべている。


「クックックック…」


 そしてその静寂を切り裂いた不気味な笑い声が玉座の間にこだまする。その笑い声の主は、今名前の出たノワール大臣だった。


「キエェェェェッ!」


 温厚な性格に定評のあったノワール大臣は、いつものニコニコした優しい表情からは想像もつかない恐ろしい表情を浮かべ、隠し持っていた短刀を取り出し、玉座に座る俺に向かって襲い掛かってきた。


 ドンッ!!


 雷が落ちたような轟音が玉座の間に響き渡ると同時に、俺は自分に襲い掛かるノワール大臣を投げ倒し、地面におさいつけた。


「クソォォォ…若造の分際で…」


 と、悔しそうな声を上げるノワール大臣に俺は問いかけた。


「貴様が我が国の情報をデビル王国に流していたというのは本当か?」


 ノワール大臣はようやく観念した様子で腕の力を抜き、静かにうなずいた。


「そこの兵士、ノワール大臣を地下牢に連れていけ」

 俺は扉の傍に立っている兵士にそう命じた。


「また処刑するのか?この極悪非道な王よ!言っておくが、俺は国民に人気が高い。この俺を処刑台に送れば、国民がどう反応するか分からない貴様ではあるまい!」


 兵士に体を拘束されたノワール大臣は恐ろしい形相で俺を睨みつけながらそう言った。しかし俺は落ち着いて、


「そのつもりだ」


 とだけノワール大臣に告げた。ノワール大臣の目に恐怖の色が浮かぶと同時に、兵士に連れられ、ノワール大臣は玉座を後にした。


「陛下、本当にノワール大臣を処刑するおつもりであるなら、もう少し慎重になったほうがよろしいかと。彼の言った通り、彼は国民から高い人気を得ています。処刑すれば反発の声が多く上がるのは避けられないかと」


 と、重心の一人が深刻な表情を浮かべながら俺に告げた。だが俺の意思は揺るぐことはない。


「ルールはルールだ。国外に機密情報を漏らせば死刑。例え誰であっても変わることはない」


「しかし…」


「以上だ」


 俺はそれだけ言い残し、玉座を後にした。


 ◇

 1日の職務を終えた後、俺は寝室のベッドに腰かけた。1日の疲れだろうか、体があまりにも重い。


 父の死後、20歳で王位を継いで2年になるが、我が国の情勢は安定していない。隣国のデビル国は日を追うごとにその力を増している。まだ若い自分がこの国をまとめ上げるには強い力を持たなければならない。だから俺は体を鍛え、必死に学んだ。この国を治める強い統治者になるために。しかし現実は甘くはない。敵は国内にも数多くおり、中には俺を殺して王位を奪おうとする者もいる。そのような者は見つけ次第処刑しているが、数多くの人を処刑台に送る俺を「暴君」と呼ぶ者は少なくない。しかしそのようなことを言われようと、俺はやるしかない。守らなくてはならないからだ。この国と、その国民…そして…。


「陛下…」

 その時、美しい声が俺を呼んだ。顔を上げるとそこには妻、アーリ姫の姿があった。アーリ姫は俺を包み込むように優しく抱きしめる。


「お疲れのご様子ですね、陛下。あまり無理をなさってはなりませんよ。私にとって、陛下のお身体が何よりも大切ですから」


 アーリ姫の優しい言葉に包まれ、少しだが体が軽くなったような気がした。アーリ姫の顔を見ると、彼女の美しい瞳はいつにもましてまぶしく光っていた。そしてその美しい瞳と、彼女の太陽のような笑顔を見て俺は改めて決意した。俺は人に何て言われようとかまわない。この国と国民、そして彼女を守れるような強い王になるためならば。


 ◇


 ノワール大臣を処刑は、彼と多くの重臣が予想した通り、国民たちの強い反発を招いた。宮殿の前では大勢の民衆による抗議デモが起きている。更にこの時を待っていたと言わんばかりに、隣国のデビル王国が我が国に向けて兵を差し向けたという情報も入ってきて、宮殿内は半ばパニックになっていた。


 徴兵をしようとも、貧しい民衆の為に多くの施策を施してきたノワール大臣を処刑したことに対する民衆の反発は大きく、とてもじゃないが徴兵に民衆が応じてくれるとは思えなかった。


「仕方ない。警備隊に命じろ。今宮殿前に集まっている民衆たちを攻撃するのだ」


 俺は悩んだ末、重臣の一人にそう告げた。


「しかし国民を守るための軍隊が国民を傷つけるなど…あってはなりません」


 とその重臣は俺を諫めようとしたが、俺の意志は変わらない。

「国民とは俺と国のためにあるものだ。逆らうものは殺して当然だろう!」


 俺が声を荒げたのを見て、その重臣はようやく納得したかのように「仰せのままに」とだけ言い残し、俺の前を後にした。


 その後すぐ、宮殿の前に集まった民衆たちを我が国の軍隊が虐殺した。


 しかしまだ問題は解決していない。デビル王国の軍隊は刻一刻と我が国の王都に迫っている。俺は民衆に命じた。我が国のために戦えと。民衆たちは恐怖に怯え、軍に加わり、デビル王国の軍隊と戦うことになった。


 デビル王国の軍隊と我が国の軍隊の戦いは熾烈を極めた。次々に送り込まれる敵の増援、士気の上がらない我が国の軍隊と、解決せねばならない問題が山積みになっている最中、俺の元に最悪な知らせが届いた。


 なんと、我が軍の作戦がデビル王国に筒抜けになっているとのことだ。そこから導き出さられる答えは一つ。まだ我が国にデビル王国のスパイがまだ潜んでいるということだ。


 俺は山のように目の前に積みあがった問題に対処すべく日々奮闘していた。そんなある日、俺のもとに一人の部下がやってきた。


「陛下、ようやくデビル王国に我が国の情報を流している新たなスパイを突き止めました」


 部下は重々しく告げた。おそらく先日処刑したノワール大臣同様、俺に近い人物なのだろう。だがもう覚悟はできている。国王として、この国と、国民と、アーリ姫を守るため、俺はどのような人物がスパイであろうと、そのものを処罰しなければならないという責務がある。


「そのものの名を言え」


 俺は一度深呼吸をして部下に尋ねた。


「我が国の情報をデビル王国に流している人物は、アーリ姫です」


 俺はその名を聞いた瞬間、心臓を剣で刺されたかのような感覚に襲われた。まさか、アーリ姫が、そんなわけが…。


「アーリ姫をここに連れてこい…」


 俺は気が動転しているのを悟られないよう、精一杯声が震えるのを抑えながら部下に告げた。やがてアーリ姫が俺のもとに連れてこられ、俺が彼女に真相を尋ねたところ、帰ってきたのは笑い声。


「はははははっ!あなたのその表情を見れて私は何よりも幸せですわ!なにせあなたは、私の父を無実の罪で殺した仇ですもの。そのまま地獄に落ちるといいですわ」


 いつものまぶしい笑顔を見せ、俺を包み込んでいるアーリ姫の姿はそこにはなく、そこにいたのは邪悪な笑みを浮かべる魔女のような女だった。


「アーリ姫を処刑しろ」


 俺は部下に静かに命じた。


 ◇


 数週間後、俺はデビル王国の軍隊が我が国の領地の畑や家から食料を略奪し、調達しているという点に目をつけ、付近の住宅や農地を焼き払うよう命じた。その作戦が功を奏し、デビル王国の軍隊は満足に物資の調達をできなくなり、ほどなくして撤退した。こうして俺は我が国に迫る未曽有の危機から、国を救ったのだ。


 しかし、周りを見渡すと、俺に残されたものは焼け野原と化した国土。恐怖で押さえつけられているだけでいつ反乱を起こすか分からない国民と重臣たちだけであった。大切なものを守ろうとした結果、そのすべてを失ったような、そんな気分に襲われながら、俺は酒の入ったグラスを片手に、沈みゆく夕日をただ一人見つめていた。


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