俺のやってるソシャゲ全部に上坂すみれが居るんですけど

友里一

ハードボイルドレクイエム

 マキシマム☆ザ☆マッドマックスには三分以内にやらなければならないことがあった。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを悉く鏖殺することだ。


 その数、四百五十。


 彼の右手にはコルトガバメントが、左手にはM2カービンが握られている。鏖殺を成し遂げる為のたった二つきりの武器だ。


「三分。ジャスト三分だ」


 マキシマム☆ザ☆マッドマックスは口に出し、自分に言い聞かせる。


 それが絶対防衛線。一秒でも過ぎれば失敗だ。

 

 何故こうなってしまったのか。マキシマム☆ザ☆マッドマックスは中小企業勤めのしがない事務屋だ。本名を西原康孝という。


 酒も博打もやらない。趣味は読書と映画鑑賞とスマートフォンのソーシャルゲーム。映画は西部劇、読書は大藪春彦作、ソーシャルゲームはウマ娘とブルーアーカイブとリバース:1999とメギド72を特に好んでいる。課金はそんなにしない。ウマ娘とブルアカはあほ程石を配るし、リバースとメギドはそんなにガチャに気合を入れずとも楽しめるからだ。共通してどれもストーリーが良く、すみぺが出演している。そろそろドルフィンウェーブとNIKKEとラストオリジンにも手を出してみたいが、露骨にエッチ過ぎやしないか? と二の足を踏んでいる。すみぺが出演しているかどうかも今の所、不明・未確認だ。調べればすぐわかることだが。


 そしてもう一つがウェブ小説の執筆だ。派手な遊びをやらない彼だったが、作品世界では暴れ放題だ。


 西部劇のアウトローや、大藪春彦作品の主人公のように法や倫理に縛られず好き勝手出来る。最も流行を無視した作風でPV数は伸び悩んでいたが、気にしなかった。


 そんな彼が大藪春彦新人賞のことを知ったのはつい先日のことだった。


 これだ! と思い、歴代の受賞作を全て通読した。どれも素晴らしく面白かったが、彼が求める大藪春彦作品像とはかけ離れたものばかりだったことは少々肩透かしを受けた。


――ならば俺が。


 そう思うのも無理からぬ話だった。


――俺が一番大藪春彦した作品を書けるのでは……? 面白さは兎も角として。


 伸び悩むPV数は若干彼を弱気にしていた。


 早速執筆に取り掛かるが、ウェブ小説のように好き勝手という訳には行かない。


 まずこれまで誤魔化しながら書いて来た、銃の実感や知識が圧倒的に足りていない。大藪春彦リスペクトの為には大事な要素である。


 一たび挿入されればいつ終わるとも知れぬ程に連ねられる車や銃の解説や豆知識は、大藪作品のエッセンスであり、華である。無駄だの冗長だの言うヤツはマジでなんも解っていない。と彼は思う。(作者は無駄で冗長だと思っています。)


 考えあぐね、インターネットをさ迷うが、手に入るには通り一遍の知識のみ。図書館へ行くか……


 いっそ殺しても文句言われないヤツとか銃殺できないものだろうか……。


 思考が危険域に近づいて来たので慌てて軌道修正する。


 いっそアメリカに取材に行くか……?


 突拍子もないが、遊び半分、気分転換半分で旅行サイトを回ってみる。


 そこで飛び込んで来たのが『バッファローハンティングに行こう!』という広告だった。


 これだ! そう彼が思うのも無理はない。


 在りし日の大藪春彦先生は野生のバッファローを約40匹仕留めたとの話もある。真偽の少々怪しいピクシブ百科事典からの情報ではあるが、「大藪春彦先生なら、やる。」という凄み、すさまじいパワーが作品から立ち上っている。


 しかし、渡航費や宿泊費など諸々を真面目に検討すると、やはり急な思いつきでは厳しい。箪笥から通帳を引っ張り出し検討を始める。貯金を下ろしても、厳しい、というよりはっきり無理な額になりそうだ。


 未練がましく、広告を再度眺める。デカデカと描かれ、誇張した陰影のバッファロー。どこか抜け道はないかと英語のそのページを端から端まで眺めてみる。


 『賞金総額三億$』とある。


 英語だから見落としていた。これを勝ち取れば……!行ける……!


 そこまでの資金は……?消費者金融で借りるか……?


 いや、駄目だ。とマキシマム☆ザ☆マッドマックスは思いとどまる。


 ああいうところで借りると一生食い物にされるのだ。闇金ウシジマくんでその恐ろしさは重々知っている。ならばどうするか。ならば……ならば……。


 会社の金だ!!!

 

 大会の日程は丁度次の連休だ。出社してくる者はいない。いたとして金庫の中は調べない。

 彼が管理している金庫の鍵で会社の金を借りて、賞金を貰って帰って見られる前に同額を戻せば何も問題はない。紙幣の番号を控えるような細かいことはやっていないから大丈夫。カイジでもやっていたことだ。大丈夫だ!!!


「大事なのは細々した整合性や丁寧な描写じゃない。爆発するようなエネルギー、勢いなんだ!」そう言う彼の心の中の大藪春彦先生は、どこか岡本太郎先生の面影もあった。


 かくして計画は実行に移され、今マキシマム☆ザ☆マッドマックスはアリゾナに居る。

 

 会社から無断で拝借した金を路銀に宛てて、ここまでやって来たのだ。


 ウェブ広告と同じデザインのポスターを目印に会場——と言ってもテントと長机、パイプ椅子の簡易なものである――の受付で、参加用紙に意気揚々とサインをした。


 気の小さいマキシマム☆ザ☆マッドマックスは普段、どんなアプリを入れる時も、些細な契約ごとでも、会員カードを作る時も、利用規約を一字一句読み飛ばすことをしない。


 だが今回は会社の金の無断借用という大胆なことの後で気が大きくなっていたこと、文書が英語で面倒だったことからろくすっぽ用紙を読まなかった。


 陽気なイベントじみた広告・ポスターとは裏腹に、これは米政府にとって危急の課題であった。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは既に五つの都市を破壊し、このまま放っておけば被害はどこまでも拡大していく。


 軍隊で対応すべきだが、折も折、カナダ国境で発生した災害の対応すぐには人員を割けない。そんな状況で出された救援要請だったのだ。


 そして、参加者はバッファローの駆逐に成功した暁には報酬として三億。失敗の折には五都市の復興費用と、米軍の出動に掛かる費用を全額負担する、といういささか無茶な条件が用紙には丁寧に書かれていたのである。


「は?」


 この大会の長らしいテンガロンハットの初老の男から改めて説明を受けたマキシマム☆ザ☆マッドマックスは言葉を失くしていた。


「この嵐じゃ。地元の者も、海外から参加を申し出た者も、皆、辿り着けなんだようじゃの」


 幾分捨て鉢に長は言う。


「え? は?」


「つまり、成功すればお主の報酬総取り独り占め。失敗すれば費用の全額負担……オールオアナッシング。チョ~ハイリスク・チョ~ハイリターンの一回勝負という訳じゃな。頑張って! 道具これね」


 見回すと確かに地元民らしいスタッフの他は誰も居ない。


「そんな……。それなら何故……なんで!!」


 雑に手渡された二丁の銃を手に、マキシマム☆ザ☆マッドマックスはわなわなと震える。


「俺だけ無事に辿り着けるんだよォ!!!」


「知らん。頑張って」


「うー」


 サインはしてしまった。サイは投げられたのだ。


「うううー……」


 呻いても仕方がない。逃げてもどうしようもない。会社の金を横領してアメリカ旅行を楽しんだという事実(道中結構観光で色々行った。楽しかった。嵐……? 知りませんね)が残るだけだ。

 

 第一、危機を前に呻いてのたうつなど全然ハードボイルドでも大藪春彦的でもない。


 道具は揃っている。手は二つ。銃は二丁。弾丸だけは潤沢にある。 


 敵を前に逃げるのがストイシズムか? 怖かったら。困難だったら逃げるのか?


 否!!!!!!!


 マキシマム☆ザ☆マッドマックスは肚をキメた。


 失敗すれば犯罪の汚名を着、莫大な借金を背負う前にバッファローの群れにめちゃくちゃに突かれ、踏まれ、死ぬことだろう。


 そうだ。最悪死ぬだけなのだ。


「俺は……俺はマキシマム☆ザ☆マッドマックスだ……!」


「おお」


「俺は、ネクスト大藪春彦新人賞作家だ!!!」


「おおお」


「そこで見ていろ!! 俺の!! ハードボイル道を!!」


「うん。見てる。頑張って」


 銃をチェックする。弾の出し入れも問題ない。大藪春彦作品を読んでイメージしていた通りに手は動く。

 

 看板の矢印に示された砂漠の沖へと歩を進める。


 遠くから、大挙するバッファローの壮烈な足音が聞こえる。真っすぐ、こちらに向かって来ている。


「コッオオオォォォ」


 喧嘩商売を何度も読んでで習得した息吹で心と呼吸を整える。


 サボテンの向こうに黒山を横にしたような物すっごい群れが見え始める。


 小さかったそれは一呼吸の間に中くらいになる。


 射程距離に入ったら。銃を打ち始めたらここまで到達するのにはおそらく……三分くらいか。根拠はないがそう思った。


 三分の間に撃ち尽くし。殺し尽くしてやる。


 マキシマム☆ザ☆マッドマックスはとにかく、そう決めた。


 先頭のバッファローの姿がはっきりと見えた。


「見ていてください!!!!!! 大藪春彦先生ェ!!!!!!!!!!!!!!!! 俺の!!!ハードボイル道!!!!!!!!!!!!!!!」


 まず、カービンの引き金を引いた。反動がデカい。片手撃ちでイケるかと思ったが無理だ。コルトをズボンに突っ込み、すぐ両手撃ちに切り替える。


 初弾は当たった。なんせ四百五十だ。狙いを付けずとも外す気遣いはない。


――兎に角、打ちまくるんだ。


 ひたすら、大挙するバッファローに向け、フルオートで引き金を引き、弾が終われば信じられない素早さでリロード。それを繰り返した。


 時が止まっているようだった。


 弾が当たり、頭蓋が砕け、倒れゆく、バッファロー。


 身体を破壊され、おびただしい流血をしながら尚も走ってくるバッファロー。


 急所を外したものはもれなく走ることをやめなかった。


 何か。何かは分からないが何かが彼らを……四百五十のバッファロー達を突き動かしていた。それがマキシマム☆ザ☆マッドマックスに伝わっていた。


 屍の山築かれても、仲間の骸を乗り越え、蹴とばし、バッファローは突き進んで来る。マキシマム☆ザ☆マッドマックスに向かって。


 やがてその獣たちの表情が、鮮明な距離まで迫る。


 失敗した直後の映像が脳内に自動的に描き出される。


――やるか、やられるかなんだ。


 怒りだ、とマキシマム☆ザ☆マッドマックスは思った。


 血の臭いと硝煙の臭いが混じり始めた。


 訳の解らない怒り。それを肌身に感じながら――敵の感情を正面から受け止め、共鳴さえしながら、マキシマム☆ザ☆マッドマックスはカービンと己が口を唸らせ続けた。


 最早、意味のある言葉は出てこない。


 泣き笑いの形相で、思考もまだらになってゆく。


――大藪春彦先生……! こういう、ことなんですな。


 カービンの弾が尽きた。残るは心もとないコルトだけだ。


 止まったような時はなおも続いている。バッファローの見惚れるような黒々とした身体。そのどこを狙えば死ぬか。苦しませず一撃で仕留められるか。マキシマム☆ザ☆マッドマックスには見えていた。


 一発一発を過たず、また尋常ならざる速度の射撃。そして文字通りの目にも止まらぬリロード。


――!


 一匹が、マキシマム☆ザ☆マッドマックスの眼前にまで迫っていた。


 しかし研ぎ澄まされた冷静が乱れることはない。頭に押し当て、発砲。


 ハンドキャノンを通して、分厚い頭蓋の砕ける振動が伝わり、やがて巨体の倒れる、音。


 それが最後の一頭だった。


 猛牛の黒。血の赤。砂漠の黄。

 

 四百五十のバッファローとマキシマム☆ザ☆マッドマックスが作り出した光景だ。


 こちらに向かって突き進むものはもう、居ない。


 それをはっきりと認識した時、マキシマム☆ザ☆マッドマックスの頬に一筋涙があった。


 心には様々な感情が乱れて発生し、喜怒哀楽のどれとも言えない。


 ただ一つハッキリしているのは。


 書ける。ということのみ。


「おお」


 感情の整理をしていると、傍らに長が立っていた。


「やり遂げたようじゃの。はい三億」

 

「どうも」


 流石に三億ドルともなると凄い厚みがある。


「言った通り、参加者はヌシ一人じゃ。聞く者はあとはこちらの若い衆くらいじゃが、何か言っとくこと、あるか?」


 差し出されたマイクをマキシマム☆ザ☆マッドマックスは受け取った。


「何点か。

 ここでこうして、俺が立っていられるのは、大藪春彦先生のお陰です。

 次に、殺したバッファローは俺とスタッフたちで後で総ておいしくいただくので、安心してください。

 そして、大藪春彦新人賞投稿作『獣を狩りに行こうじゃないか』は受賞の場合は然るべき方法で発表、万一(万一!?)落選の場合はここ、カクヨムにて発表します。そして最後に」


 ゆっくり瞬きし、一呼吸おく。マキシマム☆ザ☆マッドマックスは、真っすぐ。あなたを見つめる。


「『少女歌劇☆レヴュースタァライト』を観てください。TVシリーズから順番に。劇場版まで観てください。余裕があったら舞台版。そしてゲームアプリ『スタァライトリライブ』も、よろしくお願いします。」

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