エピローグ
秋風が爽やかに川沿いを通り抜けてゆく。空襲で焼け焦げた土からも新芽が吹き出ている。道行く人たちも新たなる日々を迎え、生きるという意志を胸に行くべきところに向かっている。
「俺は勇にはあわせる顔がないな。一人惨めに生き残っちまった……」
疎開先の岐阜県から東京に戻ってきている幸子に、二年ぶりにやっと会えた大助は、勇が航空特攻で散華したと聞いて、思わずうめいた。勇が特攻を志願するとは思っていなかった自分を恥じた。海軍兵学校に入学した自分はエリートで、そういう者こそが自分の命を誇らしげに捨てることが出来るのだ、などと思いあがってしまっていたのだ。そこに勇に対する間違った優越感があったのだ。
「惨めなんかじゃない。大助くんも特攻を自ら志願して回天乗りになっていたじゃない!」
幸子は強い口調で言った。
「でも、でも生き延びちまった。……勇……すまない」
ここは数年前に三人と一匹で会って話した川沿いの丘になっている場所だ。大助は涙が溢れて仕方なかった。なんてことだ……ちくしょう……。気づくと、幸子が大助の手を取って、正面に立っている。幸子の目にも涙が溢れていた。
「誰も悪くない。誰も悪くないのよ」
そう言ってくれた幸子を大助は思わず抱きしめた。幸子も強く抱きしめ返した。今は、そうすることが必要だと思った。
「ユキちゃんも辛かったね。顔に傷まで負ってしまって」
「いいのよ……生きてさえいれば。……私の事嫌いになった?」
「そんなわけないよ! ユキちゃんは今も変わらずきれいだよ」
大助も幸子も複雑な感情が入り乱れて、これ以上何も言葉にすることは出来なかった。……やがて、大助が口を開いた。
「一つお願いがある。一緒に、俺と一緒に勇のお墓参りに行ってくれる?」
「もちろん行くよ……。ビス子も連れていっていい?」
大助は強く頷いた。生き残ってしまった者には、生き残ってしまった者の義務があるはずだ。それが何か、すぐには分からない。だけれども、見つけてみせる。大助は幸子をもう一度強く強く抱きしめた。(終)
神風は吹かず、回天はならず 平山文人 @fumito_hirayama
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