第7話 大助の願い
脱出装置は無いんだな、乗り込んで出撃したら最後、文字通り最後なんだな。広島県大津島の第一特別基地隊第二部隊に配属された大助は、実物の回天を前に一つ一つの部位について説明する大尉の言葉を聞き漏らすまいと努めながら、目の前の黒く塗られた細長い回天機を見て、棺桶みたいだな、と思った。実際には使われずにいた九三式三型魚雷を有効活用するために改造されたもので、前部に1.5トンの弾薬を積んだ人間魚雷であった。ハッチを開けて、訓練生たちが一人ひとり中を覗き込む。狭いが、一応一人ぐらいは座れる感じである。
「回天を操縦するには高い技術が必要だ。各々これからの訓練が皇国の荒廃に直結していると認識し、是非とも大きな戦果を挙げるために頑張ってほしい。以上である」
大尉へ敬礼を返し、各々次の受講の場へと移動する。大助が去年の12月に受け取った回天の募集用紙にはこう書いてあった。
━━〇兵器は挺身肉薄、一撃必殺を期するものにしてその性質上特に危険を伴うものなるが故に――攻撃精神旺盛なる青年を要す━━
いや、その前に掌特攻水兵たるべきものと書いてあったのだから、なにをかいわんや。この募集は志願制のものであって、拒否も出来たのだ。しかし、大助は志願に〇をつけて提出した。葛藤はその時はさほどなかった。戦況が日に日に悪化しているのは知っていたし、なんとしても米帝に一撃を喰らわせて反転攻勢に出ねばならない、と海軍兵学校の下士官の仲間とは事あるごとに言ってきたのだ。たとえそれが捨て身の特攻であっても、やってやる。高いエリート意識を保持していた彼らは、それが自分らに課せられた当然のことだと思っていた……。
「これ、生き残れないな、出撃したら」
隣を歩いている同じ海軍兵学校出身で、一年先輩である三井弘が小さな声で、話しかけたとも、独り言ともとれるような事を言った。
「そうでしょうね」
とだけ大助は返す。
「……いつ戦争終わるだろうな」
大助は弘の言いたい事は分かった。これから自分たちが搭乗訓練を開始しても早くても出撃出来る程度になるには3ヶ月ぐらいはかかるはずだ。迫りくる米軍は既に硫黄島を陥落させ、いよいよ沖縄に向かって上陸の準備を進めているところだ。
「本土決戦をするのならば、あと数年はかかるでしょうね」
弘は返事をせずに天を仰いだ。その横顔を見て、彼は生き延びたいのだな、と大助は確信した。そして、それは自分も同じだとも思った。だが、もはやそれが許されない場所に来てしまっていた。大助はそっと弘の肩に手を置いて、並んで教練室へ入っていった。
毎日続いた回天の操縦訓練は本当に大変なものであった。回天には潜望鏡がないため、操縦はすべて勘頼り。操縦訓練には五つの訓練水域が指定され、近場を潜航と浮上航走を繰り返すものに始まり、大津島の周囲を一周するものが一番難関で、浮き沈みを繰り返さねばならず、操縦が難しい回天は訓練のさなかに十数名の事故死、殉職者を出してしまった。大助は同期の仲間が一人死んでしまった事で酷く胸を痛めた。そして、彼の死をもって「死」という恐ろしいものが言葉ではなく真実のものとして実感できた。昨日まで一緒に食堂で食事をして笑っていた彼がもういない。この世のどこにもいない。二度と会えない。大助はこの時以来、気安く死んで九段で会おう、英霊になって靖国で会おう、などと思わなくなった。まだ大助は戦場に赴いたことがなく、したがって、仲間の死というものも知らなかった。その重さが大助を少しずつ変えてゆく。毎晩眠る時に、早く戦争が終わってほしい、特攻に行って死にたくない、と願うようになった。そんな時に幸子の顔でも思いだそうものなら、酷い時は涙すら流した。もう二度と会えないユキちゃん。未練を絶つために手紙の返事は書いていない。遺書には想いを書こうとは思ってはいるが、伝えたところで自分が死んでいるのでは……。愛らしいユキちゃん、大好きなユキちゃん。どうしてだ! どうして俺はもうユキちゃんに会えないんだ! 誰がこんな戦争を始めた! 俺たちをなぜ捨て石にするんだ! 俺は生きたいんだ!! 大助は知らずに嗚咽していた。二人部屋で隣で隊の仲間が眠っているが、どうしようもなかった。ううぅう……大助の枕はやがて枕でびっしょり濡れてしまった。夜の闇はどこまでも深く、彼をいないもののように包んでしまっていた
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