第6話 休話・クロエの考え

 

 クロエは幼い頃、レナードの家ではない別の場所で育てられていた。産まれた時に傍に居たのは人間、育ててくれたのも人間だった。育ての親はクロエを理解し人の子と同じように優しく厳しく色々なことを教えてくれた。


 周りの馬たちよりも賢く強い自分に酔いしれたこともあったが、育ての親から弱い者は見下すのではなく守るモノだと叱られて理解した。けれど無礼で横暴な人間に背中を預ける気にはならず育てられた場所を離れてからも育ての親以外を背中に乗せなかった。


 連れて来られたレナードの家には既に多くの馬たちが居り、主人として人間を背中に乗せ幸せそうに駆けていた。主人が居るのは楽しいものか。周りの馬たちはクロエに肯定を返した。


 けれど会いに来るどの人間も皆同じにしか見えないクロエは楽しさを理解できないでいた。


 レナードの家で初めて背に乗せたのは他の人間や、自分よりも魔力が少ない傍目には弱そうな男だった。他の人間が頭を下げていたその男が、クロエは怖かった。従わなければ殺される。そんな思いで仕方なく背に乗せた。


 男は背に乗って数年でクロエの元を訪れなくなりクロエは安心した。


 妙に苛立った人間たちが目に入るようになるとクロエはレナード家の敷地内で移動させられた。離れという、ただ食事を与えられ適度に歩かされるだけの場所。元いた場所よりも静かな離れをクロエは気に入った。世話をする人間も苛立っておらずある程度の礼節を持って接してくれた。


 だが今度は世話をする人間が居なくなった。忙しない場所だ。最低限用意される餌を食みながら日々を過ごすクロエの元へ数年振りに男が訪れた。今度は背に乗せたくない。決死の思いで馬房から頭を出すと男は小さな人間を連れていた。


 膨大な魔力を持っていながら酷くひ弱に見える小さな人間は他の馬たちに声をかけ、クロエの前に来た。綺麗だね。ひ弱な見た目だが自分を全く怖がらず育ての親と同じことを言って笑ってくれる姿に顔を寄せるとゆっくりと避けられてしまい思わず柵を蹴った。


 すぐ小さな人間を庇うようにかつて背に乗せた男が寄ってきたが不思議とクロエに恐怖はなく、邪魔をするなとさえ思えた。


 小さな人間が怯えないようにゆっくりと頭を下げれば小さな人間は小さな手で頭を撫でてくれた。クロエにはそれがとても心地良かった。


 この小さな人間なら乗せても良い。乗せたい。


 クロエの願いは叶い、男が身に付ける道具を用意し小さな人間はクロエの背中に乗ろうとした。しゃんと立ち、待っていても小さな人間は乗ってこない。何故だろうかと視線を向けると小さな人間はクロエが思うよりも小さかった。小さな人間の頭上に自分の背があった。


 慌てて足を折り乗れるように背を低くすると小さな人間はゆっくりと背中に跨った。乗っているのかどうかも不安になる軽さだった。男にゆっくり立ち上がるように言われ小さな人間が決して驚かないように注意して立ち上がった。


 小さな人間は背中でとても嬉しそうに声を上げた。


 

 それは他の馬たちが言う「主人」では決してない。


 嫌々ながら背に乗せた男が小さな人間、ナギをいざとなれば護れと言う。クロエは言われなくてもそうするつもりだった。恐ろしいはずの男を小突いて意思を示す。


 あれは強い魔力を持つだけの弱い存在。


 クロエにとって護るべき存在だった。

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