第20話 健人が葵を引きずり下ろす

 この状況を黙って見守りながら、何度試みても無駄だろう、と感じていた。それこそ、直樹なおきはネットの都市伝説で見知っていたからだ。

 何度抜け出そうと試してみても、あの山荘に連れ戻される、と――。


 案の定、車はバス通りに辿り着くことはなく、山荘へと戻って来たのだった。

 再びブレーキに足をかけたあおいに、健人けんとが怒り狂って言う。


「停めるな!」


 だが、葵の精神は限界に来ていた。これ以上、運転を強いると、事故につながりかねない。


 直樹は葵に車を停めることを促した。

「葵、もういいよ」


 亮平りょうへいも同意する。

「葵、もういいぞ。ありがとうな」


 その判断に納得いかなかったのが、健人と莉奈りなだ。

 葵が車を停め、サイドブレーキを引いた途端、健人が助手席から飛び出し、運転席へとまわって葵を強引に引きずりおろしたのだった。


「なっ!」


 直樹も亮平も急いで車を降りた。


「やめろ!」


 健人を取り押さえようと腕を伸ばしたが、


「邪魔するな!」


 と振り払われた。

 健人は地面に倒れた葵に目もくれず運転席に乗り込むと、シートベルトもつけずにアクセルを踏み込んだのだった。


「待てっ!」


 タイヤが砂利を巻き込み、空回りする。

 直樹と亮平は慌てて葵を抱き上げ、その場から離れた。


 後部座席に莉奈を乗せた軽自動車は勢いをつけて走り出し、バス通りへと向かう私道へ入り、死角へと消えていく。

 山荘に残された三人はなす術もなく、ただその様子を眺めていたのだった。

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