幽霊の仲間づくり

コウモリダコ

幽霊になればいいのに

「生きるのがつらいなら、幽霊になっちゃえばいいのに」

 そいつは、突然僕の目の前に現れた。色白で、足はふくらはぎからグラデーションをかけて消えており、よく見れば彼女の背後のカーテンが透けて見える。ふよふよ浮かぶそれは、にんまりといたずらっぽい笑みを浮かべながら先ほどの一言を口にした。

「誰ですか」

「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないかなぁ」

 なんだこの幽霊、偉そうに。早く早くと急かされて居心地が悪くなり、僕は一年ぶりに自分の名前をつぶやく。

「橘、橘健斗」

「健斗君ね。私は伊地知流歌。難しい名前してるねぇ」

「伊地知さんもでしょう」

 ある程度緊張がほどけたところで、再び状況を確認する。目の前には伊地知流歌と名乗る幽霊。部屋に人間は僕一人。周囲にはパソコンデスクとベッドのみ。これは、かなり誤解を招くんじゃないか……?

 失礼して伊地知に触れようとする。しかし手は彼女の腕をすり抜け、背後の壁をぺたりと触った。上から

「やーいエッチ」

という声が降ってくる。幽霊のくせに生意気な。

「伊地知さん、僕に何の用事ですか? 本当に僕を幽霊にしに来たんですか?」

「半分正解。半分は……、自分のため?」

 おもわず面倒くさそうな声を漏らす。そんな僕に微笑んでは隣に浮かび、彼女は一方的にしゃべり始めた。

「幽霊って、どうして人間を幽霊にしたがるのか知ってる?」

「なんでって……、なんでだろう」

 伝承や都市伝説の幽霊は、人間をさらうことがある。しかし自分と同じ幽霊が増えたところで、幽霊側としては何かメリットはあるのだろうか。

「考えてごらん?」

 幽霊が人間をさらう理由だなんて、考えたこともなかった。人間をさらってメリットがあるわけでもない。人間が幽霊の仲間入りをしたところでうまくいくとも限らないし……。

「そういえば、幽霊になるって楽しいんですか?」

「楽しいよ? 宿題も仕事もない。好きな時におやつを食べられて、永遠の時間をずっとだらだらできる」

 けれど、と口をつぐんだ彼女はどこか遠くを見つめていた。永遠の休息、自由、楽しみ……。

「もしかして、人間と喋れないから、こうやって現れるんですか?」

「すごいね、引きこもりっぽいくせによく当てられたもんだ」

「除霊してやりましょうか」

 笑いながら、伊地知は部屋中を飛び回る。幽霊流の喜びの表し方だろうか。こうやって見ればただの女の子である。縦横無尽に部屋を飛んでいることを除けば。

 寂しいから人間を幽霊の側へ引きずり込む。理不尽な理由かもしれないが、人間だって寂しいことが嫌だから友達を作る。恋人を作る。家族を作る。それと何が違うのだろう。

「私たちが引っ張りやすいのは生気の少ない人間。つまり健斗くんみたいな引きこもりや社畜さん。あとは子供やお年寄りとかの体の弱い人かな。まさに健斗君だね」

「引っぱたきますよ」

「勘弁。逆にパリピやギャル、マッチョは難しい。前にイケメンマッチョを誘ったんだけど断られちゃった」

「言い方で誤解が生まれますね」

 こんなに明るい幽霊がいていいのか、成仏しそうだな。とか思ってはいたものの、口には出さないでおいた。きっと彼女なりの無念があるのだろう。

「ちなみに、私はこの世がくそ映画に包まれるまで成仏しないから」

 無念もくそもなかった。

「まあでも、楽しかったよ。健斗君みたいな喋れる人間なんて四半世紀ぶりだし」

「長いこと死んでいるんですねぇ。僕でよかったら話し相手になりますよ」

「いいの? また遊びに来ても」

「伊地知さんと話すの、悪い気はしませんし」

 目を瞬かせながら、彼女は黙り込む。しまった、まずいことを言ってしまったか? そう思った矢先に得意げな彼女の声が聞こえてきた。

「つまりなんだ、私に惚れたと?」

「確実に違いますね」

 どうやら僕は、とんでもない幽霊と約束をしてしまったようだ。それも悪くないかもしれない。カーテンの隙間から流れ込んでくる朝日は、久しぶりに輝いて見えた。

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幽霊の仲間づくり コウモリダコ @Samejimaaan

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