第九話 念話交渉(ネンワゴシネーション)後編

 王都から辺境伯領へ移動するのに一月。その間に降りかかる火の粉全てを振り払う事は無理だ。


 一介のメイド、箱入りお嬢様、そして体力のない二歳女児。馬車を使ったとしてもひと月の旅なんてただですら耐えられるはずがない。


「せめてマーガレット様だけでも生きていくすべはないのでしょうか……」


(なぜ、諦めるのですか?)


「え?公爵家に辺境伯家が逆らえるはず……ありません」


 ああ、か。


「公爵様がお決めになったことであれば、その時は受け入れるしか……」


 ロキがオレをこの世界に転生させる時に言っていた『諦めかけている世界』、停滞する世界の一端が見えた気がした。


(ライラ!よく聞きなさいライラ!!)


「は、はいっ!」


(わたくしは転生する際に神に逢いました)


 世界をひっかきまわす。ロキからの『お願い』を『使命』として利用させてもらおう。


(わたくしは、ロキと名を持つ神、その使徒としてこの世界に参ったのです)


「ほわぁ!まさかのマジ天使!!!」


(神の使い、ではありますけど天の使いではありませんよ?)


「も、申し訳ございません」


(まぁいいでしょう、話を進めます。神ロキからの使命は『停滞しつつある世界の活性化』です)


 ひっかきまわしてほしい、としか言われていないが物は言い様である。


(現状に妥協し、そこに生きる人々が発展を諦めてしまわないように。世界を活気づけるのが我が使命)


「それでマーガレット様は……」


(そうです。。そう問うたのです)


「っ……」


 ライラは息を呑み、唇を噛んでうつむいてしまった。自分はおろか主人である母の命すら諦めてしまっていたことに気付いたのだろう。伏せた顔が青ざめ瞳は揺らいでいるように見えた。


 希望を示さなければならない。


 オレと母、そしてライラ自身を生き延びさせるための希望を。


(ライラ、よく聞きなさい。わたくしたちが生き延びるためにはあなたの協力が必要です。生き延びるための方策を、わたくしとともに考えてください)


「マーガレット様……」


(わたくしはこの通りただの嬰児みどりごにすぎません。わたくしを、助けてくれますか?)


「はい……はい!もちろんです!マーガレット様」


 ここからだ。


 ここから始まるのだ。


 二歳になるまでは命の危機は無いだろう。それは現公爵閣下自身がそれを許した。だが二歳になったその時、この城から一歩外に出た瞬間にその保証は意味を無くす。


 味方を作らねばならない。


 心から信頼できる味方、などと贅沢は言わない。


 利潤同情何でも良い。兎角今あるもの利用できるものすべてを使って手繰り寄せなければならないのだ。アリアドネの糸、蜘蛛の糸。命につながる一筋の光を。


(では、これからよろしくお願いいたします。母とわたくしが心より信頼を寄せる唯一の味方であることを、願います。ライラよ)


「ロキ神の使徒にして我が主のいとし子マーガレット様。これよりライラは貴方の手足となりこれより先の苦難に抗い続けることを誓います」


(ありがとう、ライラ。心よりの感謝をあなたに……)


 これからの作戦を練り、速やかに実行に移していけばならないのだが――


(もう限界……眠い……)


「お休みなさいませ、マーガレット様」

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