第八話 念話交渉(ネンワゴシネーション)前編

 あれから数週間が経過した。


 医師の定期健診等の間、母はオレに眠りの魔法を使用しオレは眠りの魔法を習得することができた。最初に母に試したときは込める魔力が少し多かったらしく半日ほど昏睡させてしまいライラが慌てて医師を呼ぶほどの騒ぎとなってしまった。


 そんなこんなでとある日の夜。


「そろそろ私はお休みしようかしら」と母が就寝準備に入った。


「さようでございますか。では、お仕度いたします」


 今日こそチャンスだ!


 念話スキルを使用してライラをこちらの協力者に引き込むのである。そのためには母には深く眠っていてもらわなければならない。


 母がベッドに横たわり、オレは母のベッド脇のベビーベッドへ寝かされた。


「それではアンネリーゼ様、おやすみなさい」


「はい、おやすみ」


 ライラが退出するのを確認し、母に眠りの魔法を施す。


 6時間ほどぐっすり眠ってもらえれば問題ないだろう。


「すぅ……すぅ……」


 これで大丈夫なはずだ。母が深く眠っているか確認するため、念話スキルで母に語り掛けてみる。


(ママ……ママ……)


「すやぁ……すやぁ……」


 よし、大丈夫そうだ。では改めてライラに語り掛けてみよう。


(ライラ……ライラ……)


 念話スキルでライラに呼びかけると、ライラはすぐに隣の控室から寝室へやってきた。


「アンネリーゼ様、お呼びでしょうか?」


(ライラ、呼んだのはわたくしです。マーガレットです)


「……えっ!?マーガレット様!?」


 ガン!!


「いったぁーーー!」


 ライラは驚いたはずみでドア脇のチェストに腰を打ち付けた。


(落ち着いてライラ。母が起きてしまいます)


「っ!も、申し訳ありません」


 ライラは悲鳴をこらえるように口を塞いだ。


「ですが、本当にマーガレット様なのでしょうか?」


 恐る恐るベビーベッドを覗き込むライラとばっちり目が合った。


 にこっと笑ってみる。


「はうぁ!!!」


 はうあ?


「か、可愛しゅぎりゅ……大天使降臨した……」


 何言ってんだこいつ。


(ライラ、わたくしがこうしてあなたに話しかけていることに、あなたは大変驚いていることでしょう。ですがこれには理由が――)


「いえいえいえいえ!マーガレット様が聡いのはお生まれになった頃から分かっていました!大天使いや大天才いや神童たるあなた様に不可能はございませんとも!」


 鼻血を垂らしながら詰め寄るライラ。


 目が!目が怖い!


(まってまって!声!声が大きい!あと鼻血!)


「も、申し訳ございません!」


 ライラはポケットから取り出したハンカチで鼻元をぬぐった。


(大丈夫?)


「心配してくれるマーガレット様尊い」


(うん、大丈夫そうですね。では改めてわたくしがこうして貴方にお話ししている理由を説明いたします。母はわたくしが眠りの魔法をかけてありますので、明け方まで目覚める心配はありません)


 ライラは母の寝姿を一瞥し、ほっと息をつく。


「マーガレット様の可愛さに目が眩んでおりましたが確かに不思議でございます。よございます、是非ご説明ください」


 本当に大丈夫かなぁ……


(まずわたくしには前世の記憶があります)


「前世の記憶、でございますか?」


(そうです。こことは異なる世界で45年生きていた記憶です)


「異なる世界……」


 ついでに性別も異なるんだけどそれは詮無き事である。たぶん。


「あの、質問をお許しいただけますでしょうか?」


(どうぞ)


「45年生きた記憶があるため、マーガレット様はかように賢く魔法やスキルを使いこなされていらっしゃるのでしょうか?」


(それはある面では正しく、ある面では間違っています)


「とおっしゃいますと?」


(わたくしが生きていた前世では、この世界と違い魔法やスキルが存在しない世界でしたし、神の存在も疑われている世界でした)


「神も魔法もスキルもない世界?そんな場所で人は生きていけるのですか?魔物はどのように撃退していたのでしょう」


(魔物も存在しません。この世界には魔物が存在するのですね……)


 今後の生存戦略に魔物対策も組み込まなければいけないってことか。


(さておき、斯様に仕組みの違う世界からやってきたわたくしにはこの世界の常識や貴族としての知識が全くありません)


「そうはおっしゃっても、マーガレット様は生まれたばかりの赤子ですからおいおい学ばれていけばよろしいのではないでしょうか?」


(時間があれば、ですよね?)


「そ、それは……」


 そう、目下の状況としてオレは元公爵閣下のご隠居、その周りの権力者たちから命を狙われている立場なのだ。

 恐らく二歳を迎えてこの公爵家から放逐されたのち、オレと母は暗殺される可能性が高い。


 オレがご隠居の血縁者であるとは認められていないとはいえ、王家の血を引いているのは揺るがしようのない事実であり、それは何処かの野心家にとっては邪魔でもあり利用価値のある道具でもある。


(わたくしや母、ライラが生き延びるためには、二歳に放逐されて後可及的速やかに故郷の辺境伯領へ逃げ込む必要があります)


「おっしゃる通りご生家へ駆け込むことができれば、辺境伯様が匿ってくれるでしょう。ですが、その道行には馬車を使って約一月ほどかかります」


(ひとつき……かなり長いですね)


 さて、どうしたものか。

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