第五話 母アンネリーゼの憂鬱

『チュートリアル、魔力量を誤魔化そう!を達成いたしました。ひとまずの死亡条件は回避されたようです』


『チュートリアル:魔法を使用してみよう!を開始いたします。報酬は念話スキルです。※魔法ならなんでもいいよ~魔力を練って想像力でゴリ押しだ!byロキ』――念話スキルってテレパシーってこと?


 ザケテルが退出し、近々の危機は回避できたとは言え未だ潰えていないらしい死亡フラグに呆然としながら次のチュートリアルを考えていると「ライラ、たれた場所は大丈夫?」母はオレを抱いたままメイドのライラに駆け寄った。


「ええ、アン様……頬の内側を切りましたが問題ありません。お気遣いいただき感謝いたします」気丈に応えたライラの頬が真っ赤に腫れていて口の端には乾いた血の跡が残っている。うわぁ……痛そう。


「とても痛そうだわ……無理をしないで、とりあえず冷やしましょう。『涼やかなる水と風よひと時の癒しを与え給え』」


 母の指先に青い光がほのかに灯り、そこからひんやりとした冷気が流れてきた。「治癒魔法が使えれば良かったのだけど、私には使えないから……」「いいえ、過分なご親切に感謝します」ライラは目を細めて気持ちよさそうにしている。


 これが魔法か!母が唱えた呪文らしき言葉は普段使っている言葉より古臭い言葉に感じたけど……言葉に魔力が乗っているとかそういうのは『視えなかった』チュートリアルにある通り魔力と想像力が肝になりそうだな。


「相変わらずアン様、いえ、アンネリーゼ様は魔法の使い方がお上手ですね」


「私は魔力が多くないから効率よく使えるようにたくさん練習しただけよ――それと、二人の時はアンで構わないわよ。昔みたいに――」「いいえ」とライラは遮る。


「……ここは、です。辺境伯領故郷と違い如何なる時も油断はできません」


「敵地って……大げさよ。私はご隠居様に見初められて幸福だと思っているわ」と母は笑顔でで答えた。痛々しくて見ていられない。「……アンネリーゼ様お体に障ります。おかけになってください」母の腕からオレを取り上げたライラは、母にソファを勧めた。


 ライラはオレをベビーベッドへ横たえてからオレの頭を一撫でしてから母へと向き直って言葉をつづけた。


「ともかく、ひとまずマーガレット様が人知れず葬られる可能性は潰えました。それはマーガレット様の魔力量が公爵家の道具とするには少なく、恥とするには多すぎたからです。恐らくマーガレット様の魔力が多ければ公爵家の手札の一つとして扱われたでしょうし、少なければ前公爵以外の不貞を疑われそれを理由にアンネリーゼ様ともども殺されていたでしょう」


 ライラの言葉にオレは小さく息を吞む。やはり先ほど一連のやり取りはオレの生死を左右する重大な出来事だったのだろう。顔を傾け母の様子を見ると顔を伏せて震える声で「そうね……」と彼女の言葉に同意していた。


「公爵閣下のお言葉を信じるのであれば2歳で放逐されるまで少し猶予がございます。準備を致しましょう。可能な限り無事に辺境伯領へたどり着くための準備を」


「準備って……どうして?メグが2歳になれば無事に辺境伯領おうちへ帰れるのではないの?」


「はぁ……こればかりは失礼を承知で申し上げます。アンネリーゼお嬢様!あえてお嬢様と呼ばせていただきます!お嬢様はとかく世間知らずでございます!辺境伯の末の娘として蝶よ花よとお育てされた弊害でございましょう!」


 詰め寄るライラの言葉に「ぷぅ!失礼しちゃうわ」と頬を膨らませる母。いささか子供っぽい仕草であるが、整いつつも童顔らしい母にはとても似合っていることは容易に想像がつく。


「それです!お嬢様は大変可愛らしくございます!……まぁそのせいで前公爵閣下に目をつけられてしまったのは誤算でした。そのお嬢様が辺境伯領へ馬車を利用しても1か月という遠い距離を旅をしなければなりません。このままだとわたしライラとアンネリーゼ様、まだまだ赤子のマーガレット様の3人です。無事にたどり着けると思いますか?」


「そ、それは……」


「しかも、道中は決して安全ではないでしょう。魔物が出るかもしれません、否、魔物に襲われて一息に殺されるだけならまだ運が良いほうでしょう。盗賊なぞに襲われてみなさい。アンネリーゼ様は彼らの慰み者にされ、マーガレット様は恐らくどこぞの変態クソ野郎に奴隷として売り払われてしまうことになります。それに恐らく……」


 ライラはそこで言葉を切り、母は「わかりました。どうすればいいかしら?」と続けた。


「まずは辺境伯様へお手紙をしたためましょう。マーガレット様が無事に生まれたこと、2歳になれば辺境伯へ還されてしまうこと、護衛を伴って迎えに来れるかどうかなど、とにかく時間とお金がかかりますができる限りのことを行いましょう」


 母はライラの言葉に従ってペンと羊皮紙を用意して手紙を書き始め、ライラは「お茶をご用意いたします」と告げ、ワゴンを引いて部屋を出て行った。恐らく厨房へお湯をもらいに向かったのだろう。


 ライラは最後「それに恐らく……」と言葉を切ったが、多分彼女はこう言いたかったのだろう。


 恐らく公爵家はどこかでわたしたちに暗殺者を仕向けてくるでしょう。と






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