第三話 公爵令嬢マーガレットちゃんの初受難 前編

「入るぞアンネリーゼ。まったく、父上にも困ったものだ……齢60にして赤子を設けるなどいい迷惑だ!」


「困ります公爵閣下!奥様は今マーガレット様のお世話中です!」ノックもそこそこに部屋に入り込んできたヘビ顔をライラが止めに入った。


「オクサマだぁ!?ジジイのめかけが現公爵の俺様に向かって生意気なんだ――よっ!!」


 バシン!


 公爵と呼ばれたヘビ顔がライラに張り手を食らわせた!?


「ぐっ、し、失礼いたしました……ですが」


 ライラは数歩たたらを踏んだが、倒れることなく姿勢を正した。なおも食い下がろうとするライラに「いいのよライラ、私は気にしません」と母が制する。


「――ザケテル公爵閣下、私のメイドが大変失礼いたしました。マーガレットは未だ赤子ゆえこのように重ねてのご無礼、ご容赦ください」


 母はオレを抱いたまま立ち上がり深々と頭を下げ「……出過ぎた態度でした。申し訳ございません」とライラもそれに続く。


 ビンタの音にびっくりしたオレは母の乳を吸うのも忘れて硬直してしまっていた。アンネリーゼはその様子を見て悲しそうな顔をしながらはだけた服を直し、オレの背中をポンポンと叩き始めた。


「フン、分かればいい。父の妾とはいえ自分の身分を弁えるとは殊勝な態度だ」


「ありがとうございます。して本日は何用でお越しいただいたのでしょうか」


「そいつの魔力鑑定だ。わがドクズル公爵家にとって役に立つのか害になるのか調べなければならん。おい、入ってこい」


 ザケテルの呼び出しに黒いローブを着て白くて長いひげを蓄えた禿頭の老人が「……かしこまりました」と入室してきた。いかにも魔法使いです、といった容貌をしている。


 ……なんかプルプルしてるけど、大丈夫か?


「そちらの方は?」どうやら母もいぶかしんでいるようだ。


「こいつは大変希少な魔力認識ができる優秀な魔法師だ!これよりその赤子の魔力量を調べる!おい、やれ!」


「……かしこまりました」ザケテルが顎をしゃくると、老人がふらふらと前に出る。


 老人を警戒した母は一瞬息をのみオレを抱く腕に力が籠ったのが分かった。ギュッとその柔らかい胸に体が押し付けられる。


「けぷっ」げっぷ出ちゃった。


「……ふふっ」その様子に一瞬笑みを浮かべる母だった。どうやら母の緊張が少しは解かれたらしいが「……チッ」ザケテルに睨まれて姿勢を正す。


 ってそんな様子をのんきに見てるじゃねぇ!オレの魔力量を調べるって、チュートリアルに出ていた死亡条件じゃねーか!


 どうしようどうしよう!?大丈夫だよな?魔力隠蔽スキルは働いているはず。オレの体から見える魔力量は、母とライラの中間で調整できているはずだ。オレの第二の人生はまだ始まったばかり……ってこれは打ち切りフラグだよバカヤロウ!


 チュートリアルさん……ロキ……頼む!信じてるぞっっっ!


 プルプルプルプルプルプル……ぺとり。


 老人は母に抱かれながらも緊張で体をこわばらせているオレの背中に、枯れ枝のような細い手を添えた。


 大丈夫、大丈夫なはずだ。オレの魔力は多くも少なくもないはずだ――そう自分に言い聞かせる。


 だが、嫌な考えが頭に浮かんでは消え浮かんでは消え……思わず涙が浮かんでくる。赤子の体は感情の抑制が難しいのだ。


「ふぇ……ふぇぇっ」

「大丈夫、だいじょうぶよ~。すぐ終わるからね、泣かないでね」


 母は泣きそうになっているオレを無理やり笑顔を作ってなだめようとしていたが、むしろ母のほうが痛々しく今にも泣きそうな顔をしていた。


 こんな可愛らしい女性を泣かせるなんて――直接の原因はオレだがこの際棚上げしておく――ザケテル・ドクズル公爵、絶対に許せん。いつか泣かせてやる。オレは強く心に刻み、ぐっと涙を我慢した。


 老人は間もなくオレの背中から手を放し「終わりました……」プルプルとザケテルの背後に控えた。


「して、どうだったのだ」


「平民よりは確かに多いですが、せいぜいが子爵家下位の赤子レベルですじゃ……王家の血を引いているとはとてもとても」「黙れ。口が過ぎる」と老人の言葉を遮るザケトルは顎に手を当てて考え始めた。


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