ユニークスキル『こむら返し』の腕を買われてカルト宗教で拷問官をしてる俺、辞めたいのだが今日も魔聖女様が辞めさせてくれない
紙風船
第1話 拉致勧誘
家を出たらそこは知らない町でした。
「おっとっと……」
家を出て、回れ右して鍵をしてもう一度振り返ったら中世ヨーロッパみてぇな街並みが広がっているのだからおっとっとも出ます。
もう一度振り返ったら先ほどまであった見慣れた塗装の剥がれた鉄扉は古臭い木製のドアになってるし、当然鍵穴もない。
スーツにスニーカー、リュックというザ・現代的サラリーマンスタイルの俺だけがこの場で浮いていた。
「どうしたもんかね」
悩んだが、やれることはそう多くなかった。多くないというのは選択肢の話だ。
こういう展開は過去にいくつも読んだラノベでシミュレーション済みだ。
まずは手持ちの物から売れそうな物を換金する。そしてこの世界の服を買う。スーツも売る。また金が手に入る。
それを元手に増やしていく。スニーカーだけは売らなかった。
数カ月もすれば俺は立派な薄明都市レスタール市民となっていた。
今では冒険者ランクD級にまで昇格し、モンスターを倒す即席パーティーにも度々呼ばれる知名度を得た。
この調子ならそう遠くない未来、自分でパーティーとか立ち上げて名声だけで生活できるようになるかも。
なんて思っていたある日の帰り道。自分の家(借家)に帰ろうとした夜道で背後から何者かに後頭部をどつかれて気を失ってしまった。
「う……いってぇ……」
「おはよう。ヨータロー=コノミヤ君。気分はどうだね?」
「良い訳ないよね……」
ちょっとお酒飲んで良い気分で帰ってる時に背後から思いっきりぶん殴られてみろ。
絶対良い気分になんてなれないから。
まばたきを繰り返して視覚を安定させてから見上げると、正面には立派なヒゲを生やして黒いローブを身にまとった男が俺を見下ろしていた。
「で、なんか用か。金ならポッケの中だ」
「いや、金はいらない。欲しいのは君だ」
「俺におっさんを相手する趣味はないぜ……」
日本にいた頃じゃ考えられなかったが、金品を要求された方がよっぽど安心できる世界だ。
意味不明な要求ほど怖いものはなかった。
大体、俺が欲しいなら殴るなよと言いたい。
「俺が欲しいなら何で殴るかね」
言いたかったので言った。
「それは事故だ。本当にごめんなさい。頭に布を被せようとしたら躓いて頭突きしちゃって……」
「頭突きだぁ? なんでだよ……」
「暗かったから……」
よく見たらおっさんの額が腫れていた。赤くなってて、とても痛そう。
最初はなんか、ふんぞり返ってそうな偉そうな雰囲気があったのだが、実際は現場主義の良い人かもと思えてきた。
ちゃんと話をするくらいはいいかと、思えるくらいには落ち着けた俺は深呼吸一つ、詳しい要求を尋ねることにした。
「それで、俺の何が欲しいんです? 名前まで調べて」
「君は異世界人だろう? ならば持ってるはずだ」
「持ってるって、何を」
「ユニークスキルだよ」
言われて思い出した。最初に冒険者ギルドで自分のステータスを調べた時にスキル一覧に最初から載っていたしょうもないスキルを。
御多分に漏れずに異世界転移してきた俺にもユニークスキルという、いわゆる『チート』が備わっていた。
その名も『こむら返し』。相手の筋肉を攣らせるという何の役にも立たないクソスキルだった。
あまりにもしょうもないスキルだったから、あっという間に意識しなくなり、今まで完全に忘れていたレベルだった。
「そんな良いもんでもないですよ」
「私に使ってみてくれないか。どんなスキルでも受けよう」
「んーじゃあまぁ、そこまで言うなら……」
おっさんにはちょっと辛いかもしれないが、こっちも拘束されている身だ。
身の安全の為にもちょっと痛い目にあってもらうしかない。
俺はじっとおっさんのふくらはぎ辺りに視線を送り、スキルの発動を意識する。
「……うわっ! あいたたたたた!!」
「これが俺のユニークスキル『こむら返し』です」
「いたたたたたた! いたーーーーーーい!!」
おっさんの悲鳴ほど聞きたくないものはないな……。
なんか虐めてるみたいで嫌な気分になってきたのですぐにスキル解除してやる。
悲鳴は収まったが、筋肉が裏返るような痛みは残り続けるので地面に転がったおっさんは必死にふくらはぎをさすっている。
「大丈夫すか……?」
「まだ痛い……でも確信した。やはりそれは神様に与えられし賜物だ! 君のその力は神様の為に使うべきだ!」
「神様の為……」
正直、俺は無神論者だ。この異世界転移に神様が関わっているという話はいくつか読んだことはあるが、俺は会っていないし、信じてない。
なら何が作用してこうなったのかと聞かれても、俺には分からない。
でもここで神とやらが関わってくるのは素直に面白いなと思った。こういう人生というのも楽しそうだ。
「俺は神様なんてのは信じてませんよ。それでも良ければ力になりましょう」
「君が我々の仲間になってくれるのならこれほど心強いことはない。仲良くしようじゃないか」
痛みが引いたのか、立ち上がったおっさんは両手を広げて歓迎のポーズをキメた。
こうして俺は拉致されて勧誘されてそれに乗ったのだった。新たな職場は宗教団体。これからどうなることか、期待と不安が入り混じる。
しかし格好つける前に手首を縛るロープを解いてほしいのだが、頼めるだろうか。
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