第10話
この地に居座り始めて一月程が経ったある日、おれは銃声で目を覚ました。ある種の確信と共に外へ出ると、空は夜とは思えないほど明るかった。それが空の明るさではなく、巻き上がる火の粉のせいであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
おれはすぐに、レイジングブルを取りにテントに戻った。弾丸を込め、銃をホルスターに仕舞ったとき、おれは同じテントで寝ているはずのエドワードが居ないことに気づいた。
「ああ、クソッ」
テントを飛び出した瞬間、おれの目の前には銃口があった。『方舟の子供達』の制服を着た兵士は、機械のように淡々と言葉を発した。
「お前は愚者か。それとも救いを待つ者か」
おれは両手を挙げながら、奴の死人のような目を睨んでいた。こういうのに慣れている奴だ、と直感的に理解する。おれの額に突きつけられたAKの銃口には、一切の震えが無い。おれが少しでも動けば、奴は迷い無く、おれに弾丸を撃ち込むだろう。
どこからか響いた爆発音が、静寂を引き裂いた。奴の注意が逸れた一瞬を、おれは見逃さなかった。左手で銃口を弾き、それとほぼ同時に右手でレイジングブルを抜く。腹部に一発ぶち込み、続いて胸部に一発。奴の指が引き金を引くが、もう遅い。無駄に弾をばら撒いて、奴の身体は地に倒れた。とどめの一撃を撃ち込もうとしたが、胸に向けて撃った一発は心臓を捉えていた。末期の息を吐く時間すら、奴には与えられなかった。
おれはAKを拾い上げた。この商売を始めてから、幾度となく見てきた銃。世界で最も多くの人間を殺し、そしてこれからも殺し続けるであろう銃。問題は、この銃をこいつが持っていることだった。
おれは地獄と化した難民キャンプの中を進む。これが地獄でないのなら、この世に地獄など存在するまい。弾ける火薬の音、燃えさかるガソリンの臭い、女と子供の泣き叫ぶ声、そして、兵士達の慟哭。この世界ではさして珍しくもない、虐殺の光景だ。
誰一人として、何が起きているのかを理解できていないようだった。殺す側でさえ、誰をどのくらい殺せばいいのか、判断に困っているようで、数名の兵士はおれを見るなり、絶叫しながら突撃してきた。おれはやむなく、彼らを撃ち殺した。
キャンプの中心で、おれはようやくエドワードを見つけた。彼女は子供の前に立ちはだかるように立って、拳銃を構える兵士に対峙していた。おれは銃を兵士に向けて、二人の間に割り込んだ。
「銃を置け。さもないと撃ち殺す」
おれがそう告げた相手は、エティエンヌだった。
これは悪い冗談か。おれはサイト越しに兵士の顔を確かめるが、あの顔は間違いなくエティエンヌだ。混乱と苦痛に顔を歪めた彼は、見覚えのある拳銃をこちらに突きつけていた。
「ミスター・アレクセイが、言ったんだ。こうしろって」
おれは無言のまま、彼の告白を聞いていた。
「あの人は全部隊をキャンプに集めた。あっしらが見ている前で、あの人は難民を一人撃ち殺した。神の治世のため、お前達もこうしろって言ってな。逆らおうとした奴らも殺された。こうするしか、無かったんだ」
「エティエンヌさん、どうか落ち着いて。まだ遅くない」
震える声を制して、エドワードは優しく声をかけた。
「まだ引き返せる。あなたはいい人だもの。だから銃を置いて、私達をここから連れ出して」
「すまない。それは、できない」
「ならお前が死ぬだけだ、エティエンヌ。分かったらとっとと銃を捨てやがれ」
エドワードの視線を背中に受けながら、おれはエティエンヌににじり寄った。彼は頭を抱えて座り込んだ。おれは注意を彼に向けたまま、エドワードに合図を送る。
「大体、悪いのはお前じゃねえか。お前が武器を売らなければ、こうはならなかったんだ」
その一瞬の隙に、エティエンヌは引き金を引いた。乾いた銃声が、沸き立つ煙の中に溶けていく。
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