第9話

 昨今の武器商人の仕事は、仕入れから始まる。ここで言う『仕入れ』とは、戦場漁りのことである。

 おれはそこらに転がっている銃を拾っては、後ろを走るバギーの荷台に放り込んでいく。ここで銃を鑑定する必要は無い。そもそも、戦場に残されている武器にまともなものは無い。使えるものは勝者が全て持ち帰り、死体と使えない銃は捨てられる。おれが拾っているものも、そういうものばかりだ。バレルがひん曲がっているもの、泥まみれのもの、などなど。それらを拾い集めて持ち帰り、バラバラにしてから清掃し、使えるパーツを組み立てて、発砲可能な銃に戻す。おれはそうやって、在庫を確保していた。

 無論、他の武器商人はこんなまどろっこしいことはやっちゃいない。組織内で回収から販売までのプロセスを分業していたり、組織の規模が大きければ、工場を所有している製造業者から仕入れることもできる。新品の銃が市場に出回らないのはそのためだ。それ故、武器商人や製造元とのコネを持たない連中は、武器の量や質で大幅なハンデを喰らう。このハンデのおかげで、おれのようなフリーの武器商人は食いぶちを稼げる。

「どんだけ集めりゃ気が済むんですかい。武器商人の旦那ぁ」

 おれの手伝いに駆り出された哀れなエティエンヌ分隊長が、バギーのハンドルを右に左に回しながらぼやいた。屈強な肉体のわりに、軟弱な奴だ。

「これで半分ってところかね」

「半分。これで」

 エティエンヌは荷台を何度も見返した。おれが数えた限りでは、70丁ほどのアサルトライフルがそこに積まれているはずだ。殆どがAKシリーズだが、いくつかは中東辺りからはるばる流れてきたものもあった。

「個人相手に取引するなら、これだけあれば十分なんだがな。お宅のような組織に売るなら、本当はこれの三倍は欲しい」

「でも、あっしらは兵隊みんな集めても100人そこらの規模ですぜ。150丁も要りませんよ」

「お前は戦闘中に武器が壊れたら、撤退して武器屋に行くつもりか」

 それに、この中の半分以上は使い物にならないだろう。どれだけ集めておいても、損になることは無い。

 ハゲタカが数羽、おれ達の頭上を旋回している。彼らにとっても、ここは格好の餌場に違いない。勇猛果敢な戦士達の死体を漁る、冒涜者。目当てのものが武器か屍肉かなど、些細な違いに過ぎない。本質的に、おれはあのハゲタカと大差ない。

 おれは武器を集めながら、死体の持ちものを漁ることも忘れない。彼らがサイドアームとして携帯している拳銃は、ホルスターに入っている分、保存状態がいい場合が多い。それらを確保することは当然として、できれば情報が欲しかった。昨今の戦場には、秩序崩壊以前とは比べものにならないほど複雑な力場が混在している。国家という枠組みが砕けてから、いや、それ以前から、人種と国家、思想は重なり合わなくなっていた。イギリス人が全員純イギリス人という訳ではないように。かつてアメリカで起きていた『サラダボウル』化が、全世界で進んでいた。死体の肌が黒かろうと白かろうと黄色かろうと、それは国籍の特定には繋がらない。彼らは最早生きていないので、あなたの神は何ですか、と聞くこともできない。彼らの制服と持ちものだけが、その手がかりだった。

 一時間ほど、手当たり次第に死体を観察して、おれは同じシンボルが描かれた制服を着ている死体がやけに多いことに気がついた。

「エティエンヌ。こいつらはどういう連中なんだ」

 おれは足元に転がっている死体を指さした。制服の肩には、アスクレピオスの杖のマークが印刷されている。

「そいつらですか。『ラパチーニ派』を名乗る、イカれた連中ですよ。一応、イタリア近辺では一番力を持っている奴らですが、捕虜や難民を人体実験の被験体にしてるって、この辺りでは有名です。あっしらの仲間も、何人も捕まってます」

「なるほど。あまり出くわしたくない奴らだな」

 そう言いながら、おれは淡々と武器を拾い続ける。敵味方の別なく、いや、おれに敵も味方もいない。いるとすれば、お節介な変人配達屋と、商品に難癖をつける客だけだ。他の奴らは、状況次第で敵にも味方にもなり得る連中ばかりだ。『方舟の子供達』も、『ラパチーニ派』とかいう奴らも。おれはただ、流れに身を任せるだけだ。流れに乗っていれば、自然と味方と敵が寄ってくる。そいつらを選別し、敵なら殺す、味方なら殺さない。それだけの単純な世界だ。

 三時間も死体漁りを続けているうち、エティエンヌと同じ制服を着た死体をいくつか見かけた。その度に、エティエンヌはバギーから降りて、死体に身支度を施していた。天を仰ぎ見られるように姿勢を変え、両手があれば腹の上で組ませ、仕上げに見開かれた目蓋をそっと閉じる。

「そんなに気にするなら、持って帰って焼けばいいだろう」

 おれはタバコを何本も吸いながら、その様子をぼんやりと見ていた。

「あんたには分からんだろうがね、武器屋の旦那」

 硬直した腕を曲げるのに苦心しながら、エティエンヌは言った。

「あっしらは仲間を焼いたりはしませんよ。焼くのだって安くないんですし、何より、こいつらはあっしらの仲間なんですから。せめて、死に姿だけは綺麗であって欲しい。ただ、そう思うだけですよ」

 おれは何も言わなかった。言うべき言葉が無かった。彼の行いは無駄でしかない。おれ達が離れれば、上空のハゲタカは一目散に死体を喰らいに来るだろう。彼が綺麗に整えた顔面から目玉を抉り、組まれた両腕を持ち帰るだろう。そうならずとも、いずれ新たな紛争が起きれば、この辺りの死体は戦車に踏み潰されるだろう。

「お前の信仰を否定するつもりは無いが、こっちも商売なんでな」

 おれは美しい寝姿の死体から、ライフルと拳銃を奪い取る。

「ええ、分かっています」

 エティエンヌはそれだけ言って、バギーに戻る。

 おれ達は大量の武器を持って、戦場を後にする。バギーの荷台に乗って、おれは降下するハゲタカの軍勢を見ていた。

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