Fiat justitia ruat caelum

第7話

 空はどこまでも青く、大地はどこまでも赤い。何とも荘厳な景色だと、おれは思う。その狭間で、おれは爆走する装甲車の銃座席から身体を出して、AKをぶっ放している。今この瞬間、おれ以上に罰当たりなことをしている奴は、この地球上にいないだろう。この美しい大地に、ありったけの弾丸と薬莢をばら撒くなんて、およそ許されるべき行いではない。

 おれだって、こんなことを喜んでやっている訳ではない。地中海沿岸を移動中に、哀れな難民達を載せたバスが盗賊に襲われているのを、運の悪いことに、エドワードが見つけてしまったのだ。

「襲われてる人を見て何も思わない奴なんて、人間じゃない」

 彼女はそう息巻いて、急ハンドルを切った。おかげで、おれは頭を打って、咥えていたタバコをどこかに落としてしまった。他人の親切心に苦言を呈する趣味は無いが、巻き込まれる方のことも少しは考えてくれないものだろうか。

 おれは併走するトヨタのピックアップに向けて、ありったけの弾丸をくれてやる。荷台の50口径機銃をぶっ放していた奴は始末したが、鉄板で補強された運転席を撃ち抜くことは至難の業だった。タイヤを狙ってもいいが、おれ達が今走っているのが断崖すれすれの道であることを考えると、装甲車かバスが巻き込まれ、崖下に落ちるリスクがあった。前者が巻き込まれると、おれ達は間違いなく死ぬ。後者が巻き込まれると、おれがエドワードに殺されるだろう。

 そんなことを呑気に考えているうちに、ピックアップはそのたくましい図体をバスの後部にぶつけて、どうにか進行を食い止めようと必死だった。あのままでは、バスの後輪が先に駄目になってしまう。こうなれば、多少の損失は目を瞑る他に選択肢は無い。おれは一旦、装甲車の中に引っ込んで、枯れかけの肺胞が持てる全ての空気を使って叫んだ。

「おい、エドワード。バレットM82はどこに置いた」

Bulletならそこら中に転がってるでしょ」

「違う、バレットBarrettだ。対物ライフルの方だよ」

 おれは片っ端から武器ケースを開封して、四箱目でようやく当たりの箱を引き当てた。激しく揺れる車内で、おれは巨大ライフルの組み立てを急いだ。

「こんな不安定な環境でそんなデカブツぶっ放すなんて、正気なの」

 それをルームミラー越しに見ていたようで、エドワードは不安そうに訊く。

「正気でこの状況を切り抜けられんのかよ。あのピックアップの前に出られるか」

 無茶を言うなと言いたげに、ミラーの中の彼女はおれをにらみつけた。エドワードはアクセルを踏みしめ、おれは吊り手にしがみつく。加速の慣性を耐え抜くと、おれはバレットを担いで、装甲車の後部ハッチを開けた。崖際のぎりぎりのところを、装甲車は疾走していた。落下した弾薬箱が、はるか崖下に消えていった。おれは隣に積み上げてある荷物が崩れ落ちてこないことを祈りながら、狙撃姿勢に入る。

「もうすぐバスの前に出る。あと三秒、二、一」

 合図と共に、装甲車が大きく傾き、後部ハッチから覗く景色が揺れた。眼下に広がるのは、地中海の美しい青。エドワードがハンドルを戻すと、景色の中心に敵のピックアップを捉えた。おれは照準を微調整し、運転席めがけて12.7mm弾を打ち込んだ。あり合わせの鉄板の装甲など、あって無いようなものだ。ピックアップはコントロールを失い、そのまま崖に突っ込んだ。遠くから響く衝撃音を確かめて、おれは痛む右肩をぐるぐると回した。

「おくつろぎ中のところ、悪いんだけど」

 エドワードはサイドミラーを見ながら叫んだ。

「まだ終わってないみたい」

 目を凝らすと、土煙を巻き上げながら猛進する装甲車が、遥か遠くから迫っているのが見えた。

「おいおい、冗談だろ」

 おれは慌ててバレットのスコープを覗いた。エドワードの装甲車と似たモデルのようだが、ルーフには機関銃の代わりに、グレネードランチャーが設置されていた。おれ達は問題ないだろうが、装甲一枚貼っていないバスが喰らえばひとたまりもない。

 おれは再び這いつくばって、バレットを構える。だが、さっきと同じようにはいかないだろう。不安定な環境で対物ライフルの反動を直に受けた肩は悲鳴をあげている。それに、今度は分厚い装甲が相手と来た。

 こいつでも貫通できるか分からない。確実にリターンを得られるかも分からないのに、おれの右腕を犠牲にすべきか。引き金に指をかけたまま、おれは考えていた。その時、スコープの中で敵の装甲車が爆ぜた。一瞬の間の後、爆音と衝撃波が飛来した。巻き上がる煙の中から、それが再び現れることはなかった。

 おれはバレットを捨て置き、周囲を警戒する。装甲車を打ち砕いたであろう戦車は、高台に鎮座していた。銃座に座る兵士が、こちらに手を振っている。どこの誰だかは分からんが、ひとまず、危機は去ったようだ。おれは左手を振り返した。

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