第3話
おれは少女を招き入れると、エドワードに頼んで、彼女をシャワー室に連れて行かせた。その間、おれは何か振る舞うものがないだろうかと、戸棚という戸棚をひっくり返していた。タバコ、酒、何かの代金にもらったヤバい薬、大量のタバコ。子供に出しても問題無さそうなものは一つもなかった。仕方なく、おれは比較的度数の低いビールを引っ張り出して、グラスに注ごうとした。
「酒を子供に振る舞っていいわけないでしょうが」
いつの間にか戻っていたエドワードが、おれの頭をきつめに叩き、ビール瓶をかっさらっていった。おれは後頭部をさすりながら、グラスに注いでしまった分を飲み干した。
「それで、あのガキはどうした」
エドワードはおれが飲んだ量の3倍は残っていたであろうビールを一気にあおり、空になった瓶は豪快に投げ捨てた。壁に衝突した瓶は、安物の手榴弾のように弾けた。
「今、着替えてるところ。私がサイズの合う服を持ち合わせててよかったわね」
「ああ。偶然にしちゃ、出来過ぎだと思うがね」
おれはエドワードの瞳の洞をじっと覗き込む。弾丸の軌跡のように、まっすぐ。彼女は視線をそらすことなく、毅然とした態度で言い返した。
「アメリカに居た時に、貧民街の子供達に服を買ってあげたのよ。その時のあまりを、荷物に入れてただけよ」
「だろうな。お前はいつだってお人好しだからな」
「戦争好きの連中に媚びへつらって、銃を売るよりはましね」
おれは金庫に入れていた22口径拳銃を探り当てると、契約用の書類と合わせて机に並べた。22口径は、それより大きい口径の拳銃と比べれば、威力は劣る。だが、それでも人を殺すのには十分だし、反動が小さいから、子供でも扱いやすいはずだ。さて、弾はどこに仕舞っていただろうか。おれは再び、手当たり次第に戸棚の中に手を突っ込んで探す。
水色のワンピースに着替えた少女は、濡れた髪のまま、シャワールームから出てきた。鮮やかな水色が映る瞳は、どこまでも暗い。彼女はうつむいたまま、机を隔てておれの前に立った。エドワードがタオルを持ってきて、彼女の髪を優しく拭き始めた。
タオルが擦れる音だけが、部屋を満たしていた。おれは拳銃とマガジンを手に取って、少女の目の前に差し出した。
「グロックG44。22口径ロングライフル弾を十発装填可能。スチールとポリマーのハイブリッドスライド。軽量で、反動も軽い。それでも、人を殺すには十分な威力だぜ。弾丸とマガジン込みで70ポンドだ」
一通りの説明をすると、おれは契約書とペンを拳銃の隣に添えた。少女はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと、机を指さした。
「この銃じゃない。あなたの銃みたいなのがいい」
どうやらこの少女が指さしているのは、ホルスターに入ったおれのレイジングブルのようだ。齢15かそこらの子供が持って撃てるような代物ではない。
「ガキに44口径のリボルバーは似合わねえ。そいつで満足できないんなら、早く家に帰りな」
その瞬間、少女から業火のような殺意があふれ出すのを感じた。彼女は机のグロックを掴むと、マガジンを押し込んでおれに向けて、トリガーを引いた。撃針が空の薬室を突いた微かな音が、静けさの中に溶けた。おれは少女が当惑するよりも早く、椅子から飛び上がった。彼女の手からグロックを掠め取り、スライドを引いて薬室に弾丸を装填した上で、彼女の額に銃口を押し当てた。
「殺しのための銃が欲しいと抜かしながら、殺しの方法も知らねえとはな」
少女の呼吸は荒れていた。だが、彼女の視線は、自身に向けられたグロックに釘付けになっていた。
「ちょっと、こんな小さな女の子を殺すつもりなの。かわいそうじゃない」
エドワードはタオルで少女の頭を包み込んで、彼女の方へ抱き寄せた。確かに、おれは何をやっているんだ。こんなガキ相手にムキになるなんて。おれは少女をにらみつけながら、銃口を外した。マガジンを外し、薬室の弾丸を排出したグロックを机に置く。ジャケットのポケットからタバコを取り出し、火をつけ、深く煙を吸う。
「なら、殺し方を教えてよ」
タオルから顔を出した少女は、さもそれが当たり前のことのように言い放った。予想外の依頼に思わず咳き込み、せっかく吸入した煙をほとんど吐き出してしまった。
「あのなぁ、おれは武器屋であって、士官学校の教官じゃねえんだ。この銃は売ってやってもいいが、訓練までしてやる道理はないぞ。大体-」
おれはむせた拍子に落としたタバコをもう一度咥えた。火は落とした時に消えてしまっていた。
「何でそんなに殺したがる。誰か殺したい奴でもいるのか」
おれの問いに、少女はまたうつむいた。今度は顔を上げずに、彼女はぼそっと呟いた。
「殺された」
「何だって」
「わたしの家族、みんな殺された。父さんも、母さんも、兄さんも。わたしはクローゼットに隠れて見てるしかなかった。『あいこくしゃ』とかいう奴らが殺していった。だから、わたしがあいつらを殺してやるんだ」
少女は拳を硬く握りしめていた。耳は真っ赤に染まって、鼻先から雫がぽたぽたと滴り落ちていた。
「ああ、なんてこと。かわいそうに」
エドワードは少女の目線まで屈むと、今度は両の手を広げて、彼女を抱きしめた。おれは偵察に出る斥候のような目で、それを見ていた。
「事情は分かったが、だとしてもおれに出来るのは銃を売ることまでだ。銃の使い方を教えるのは、おれの仕事には入ってねえ」
「ちょっと、アーセナル。あなた、それでも赤い血が通ってる人間なの」
「どういう意味だ、エドワード。何が言いたい」
エドワードは少女の頭をなでながら、アイシャドウが少し滲んだ目でにらみつけた。
「女の子がかわいそうな目にあってるっていうのに、あなたは自分の商売のことしか頭にないのね」
「そりゃそうさ。これは商売だからな。慈善活動じゃねえ。それに、仮に引き受けるとするなら、それなりの料金を請求させてもらうぜ」
「お金ならある」
がらがらの声を振り絞って、少女は言った。
「お父さんのへそくり、家から逃げる時に持ってきた」
「なら決まりね」
いくら分だ、と訊こうとしたおれを牽制するように、エドワードは割り込んだ。彼女は少女の涙を優しく拭くと、おれと話すときより少し高い声で言った。
「大丈夫。この怖いおじさんから銃を買って、銃の使い方を教わって、あなたの家族を殺したくそったれを殺しに行こうね」
何て恐ろしい女なんだ。女神のような声で悪魔のようなことを言いやがる。おれは顔を手で覆った。
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