第2話

 結局、おれは政府公認の清掃業者を呼ぶことにした。薄汚れたバンで到着した掃除屋は、手際よく死体を袋詰めして、床や壁に飛び散った汚れをすっかり拭き取ってしまった。三十分もしないうちに作業は終わり、おれが差し出した300ポンド相当と思われるヴィンテージの銃を無愛想に受け取ると、彼らはそそくさと帰っていった。

「それにしても、人を殺すなんてらしくない。公平がモットーの武器商人、それがあなたでしょう。アーセナル」

 綺麗になった部屋でくつろぎながら、エドワードは尋ねた。

「別に、依怙贔屓してこうなったんじゃないさ」

 おれは引き出しから高そうなブランデーの瓶を取り出した。棚から縁が欠けたグラスを二つだして、黄金の雫を注ぐ。

「あいつがごねなければ、交渉は成立していたんだからな。あそこで値下げすれば、それこそ依怙贔屓だろ」

 小さい方のグラスを差し出すと、エドワードは大きい方のグラスをひったくった。

「でも、そいつの組織がいい顔しないわよ。どこの派閥の奴だったの」

 彼女はブランデーを一口で飲み干し、勢いよくむせ返った。

「うえっ、なによこの味。全然美味しくないんだけど」

「だから、小さい方にしとけって言ったんだがな」

 おれは、一口だけブランデーを飲んだ。何かの仕事の時に報酬でもらった高級ブランデーだったが、どうやら出来の悪い酒で割って、かさを増していたようだ。頭を内側をミキサーでかき混ぜられるような味がする。残りを全て床にぶちまけると、エドワードは叱られた子犬のような顔をした。椅子に戻って、おれはタバコを咥える。

「それで、何の用だ。てっきり、お前はアメリカで独立起業したと思ったが」

 タバコの煙越しに、おれは尋ねた。彼女は一瞬、訳が分からないと言いたげな顔をしたが、すぐにはっとして立ち上がった。この鳥頭め、何のためにここに来たか、忘れていやがったな。

「そうそう。私がアメリカに行く前に、一緒に組んで移動武器商人をやらないかって提案してたでしょ。それをちゃんとお願いしたくて」

「そういや、そんなことも言ってたな」

「一緒に世界中を飛び回って、いろんな人と商売をする。面白いでしょ」

 移動武器商人というアイデア自体は、目新しいものでも何でもない。世界秩序がぶっ壊れる前は、非合法に武器を売ることは犯罪だった上、どこかしこに戦場があるわけではなかった。だから、武器商人達は戦場を求めて、あるいは公権力を避けて、あちこちを巡っていた。一方、何もかもが機能不全に陥った現在では、こそこそと武器を売る必要は無い。それに、どこか特定の派閥だけに武器を売っていれば、その派閥の庇護下に入れる訳だから、余所へ武器を売りに行くことは、逆にリスクを生んでしまう。おれのように誰にだって武器を売ると公言している同業者はいない。

 別に何か問題があるわけではない。おれもあいつも、フリーの武器商人と配達屋だ。余計なしがらみなんて持ち合わせていない。いないのだが。おれは深く煙を吸い込んだ。

「発想自体はおかしくない。ただ、それなら動き回るのはお前だけでいいじゃねえか。ここが居心地良いという訳でもないが、余所に動くのも厄介だしな」

 今や、世界中に武器商人がいて、そいつらと仕事をする配達屋も大勢いる。世界各地を巡って武器を売るということは、そいつらのテリトリーを荒らすことに変わりない。

「それはそうだけど」

 エドワードは不満げに口を挟む。

「どんなところにだって、武器を必要としてる人はいるでしょ」

「そのエリアの武器商人から買えばいいじゃねえか」

「そういう問題じゃないのよ。私はただ-」

 彼女の怒りを遮るように、誰かがドアをノックする音がした。聞き覚えのない音、暗号表にないリズムだ。俺とエドワードは、静かにホルスターの銃に手を伸ばす。

「まあ、何と言われようとな」

 立ち上がりながら、おれはエドワードに聞こえるようにかすかに呟く。

「わざわざ無駄な争いに巻き込まれるような契約は結べねえよ」

 おれは銃を構えて、静かにドアを開ける。そこに立っているのが少女であることを認めると、おれは銃の狙いをそらす。

「何の用だ。ここはガキが来ていい場所じゃねえぞ」

 少女は黒いスカートの裾をぎゅっと握りしめた。赤い液体が染み出して、地面に垂れていく。少女は頭を上げて、おれの目を見据えて言った。

「銃を、人を殺せる銃を買いたいんです」

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