Arsenal

ひづきすい

1. La vengeance est un plat qui se mange froid

第1話

 床に転がった眼球を靴先で転がしながら、おれはタバコに火をつける。安物の葉と、たっぷりの添加物の煙が、おれの肺と脳細胞に染み渡る。不味いことこの上ないが、それでもタバコには変わりない。

 眼球の視線の先には、顎から上を吹き飛ばされた男の死体があった。昨日、売り物のM4カービンの値段が不当だとか抜かして、不用意にナイフを抜いた馬鹿な男だった。この銃器大正義の時代にあって、まだ「剣は銃よりも強し」を妄信していた名も無き男は、おれが隠し持っていたリボルバーに脳天をぶち抜かれて、血液やら脳漿やらをそこら中にぶちまけた。せっかく新調したウエポンラックを汚してしまった事だけが、心残りだった。

 ニコチンに麻痺する俺の脳に、ノックの音が響いた。曖昧になっていた世界の境界が、瞬時に鮮明に浮上した。タバコを消して、おれは感覚を研ぎ澄ませる。ドン、ドン、バン。ドン、ドン、バン。"We Will Rock You"のリズムを2回。このノックなら、あいつだろう。おれは用心を重ねて、デスクに置いてあったレイジングブルを持って、ドアを開けた。

「よお、エドワード。しばらくぶりだな」

「そっちこそ、元気そうで安心したよ。アーセナル」

 配達屋エドワード。おれがこの荒廃した世界で唯一信頼できる「友人」。相も変わらず埃まみれだが、その美しさも相変わらずだった。おれは銃をホルスターに仕舞って、彼女を迎え入れた。部屋に転がる死体を見て、彼女の微笑みが少し曇った。

「こいつはどうしたの」

「昨日、取引でちょっと揉めてな。正規流通品の5%引きで売ってやるって言ったんだが、最後の最後でごねやがったんだよ。『やっぱり10%引きで売れ』ってな。ナイフを抜いたんで、撃った」

「いや、そういうことじゃなくて」

 エドワードは、床に巻かれた血を踏まないように慎重に歩いていたが、眼球に気づかずに、踏みつけてしまった。

「お客さんが来たらどうするつもりだったのよ」

「その時は、裏路地にでも捨てに行ったさ」

 おれはソファに身体を預けて、新しいタバコを咥えた。エドワードはそれを聞くと、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ブーツの裏の汚れを床になすりつけた。

「残念だけど、死体を路上に捨てる行為は禁止されてるわ。違反者は3年の強制労働の罰則と、500ポンド相当の罰金つき。死体を処理するときは、政府公認の清掃業者に依頼しないと」

「まだ暫定政府だろう。承認してるのは『英国愛国者同盟』だけじゃねえか」

「でも見つかったら捕まるのよ」

「その清掃業者とやらは、いくらかかるんだ」

「300ポンド相当だったかしら」

「くそったれめ」

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