【KAC20241】 凡人の決死行

蒼色ノ狐

凡人の決死行

  巨大ロボットのコックピットにいる彼には三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは彼の目の前にいる巨大怪獣を倒す、言葉にすればそれだけの話であった。


 だがたったそれだけの為に、所属していた部隊は彼を除き壊滅した。

 口うるさかった小隊長も。

 主人公気質の副隊長も。

 部隊のアイドルだった少女も。

 無口な同僚も。

 全員が、である。


 怪獣と距離を置きながら、彼は機体の状況を改めて確認する。

 やはり満足に動けるのは三分が限界であった。

 そしてライフルが弾切れを起こした今、頼れるのは近接用のブレード一本。

 通信機器はとっくに壊れているが、増援が来るのはまだまだ先であるのは彼にも理解できた。

 もし彼が怪獣に負ける事になれば、その後ろにある街は破壊され尽くすであろう。

 もちろん人的被害も計り知れない。


「……はは」


 この状況に、彼は思わず笑いが漏れてしまう。

 彼は凡人である。

 それは自他共に認める事であり、覆らない真実である。

 だというのに、この状況はまるで彼が主人公の物語のよう。

 あまりの力不足ぶりに、思わず自虐的な笑いで彼の顔は歪んでいた。


「……」


 だが、彼の頭の中に逃げ出すという選択肢は無かった。

 それを選択するには、彼は善人過ぎた。


 彼の頭の中で、覚悟が決まるまで僅か二十秒。

 人生で最初で最後の決死行。

 だというのに、彼の心は晴れやかであった。

 彼の短い人生の中で、今が間違いなく一番輝いていた。


 それに生き残る可能性も、無い訳では無かった。

 いま彼と相対している怪獣は、クラゲのような姿をしている。

 体も半透明であり、怪獣の心臓とも言えるコアが丸見えであった。

 複数ある触手を何とかして、ブレードをコアに突き刺す。

 それが彼が生き残れる唯一の道であった。


 残り稼働時間は二分三十秒。

 それを見て彼は心からの獰猛な笑みを浮かべ、腹の底から吠える。


「テメエなんざに! 二分も要らねぇよ! クラゲ野郎!!」


 その咆哮と共に、彼を乗せたロボがスラスターを噴かせながら怪獣に突撃する。

 真っ直ぐ進むロボに対し、怪獣は当然の如く触手で迎撃する。

 まるで槍の壁のような大量の触手。

 このまま真っ直ぐ進めば、間違いなくロボは大破するであろう。

 幸いにもロボが通れるほどの隙間が何か所かあり、回避する事は可能であろう。


 だが、それこそがクラゲの怪獣の罠であった。

 実は隙間などなく、透明な触手が存在していたのである。

 クラゲ怪獣に知能があるかは不明であったが、もしあれば勝利を確信していたであろう。


 そこに計算違いがあるとしたならば。

 彼の決死の覚悟を見誤っていた事。

 そして彼が突撃しながら隙間を通る、という芸当が出来ない凡人であった事である。


 真っ直ぐ突き進んだ彼のロボは、触手の槍によってズタボロになっていく。

 コックピットにも被害が出て、あちこちが小さな爆発が起こる。

 飛び散った破片が額に直撃し、血が目にまで流れ落ちる。

 だが視界が真っ赤に染まりつつも、彼の視界には元から一つしか映っていなかった。


「さっさと! くたばれ!!」


 体のあちこちに破片が突き刺さる中で、彼はブレードを真っ直ぐに突く。

 ロボの方も最早右腕が辛うじて残っている状況であったが、彼の気迫に答えるように突撃していく。


 結果、怪獣のコアをブレードが切り裂き真っ二つに。

 クラゲの怪獣は断末魔を上げ、周りの建物を巻き込みながら倒れていくのであった。


「はぁ、はぁ……。やれば出来るじゃねえか、俺」


 怪獣の上に倒れるロボの中で、彼は自分自身を褒める。

 視界と思考が霞む中で、彼は呑気に自分の生存確率を考える。

 もし助けが間に合っても、流血具合から考えれば半々であった。


 彼は遠くから聞こえる輸送機の音を聞きながら、その目を閉じるのであった。



 多くの被害が出たクラゲ怪獣との戦い。

 だがこれも、多くの怪獣との戦いとの一つでしかなかった。


 そして彼が輝いたこの三分間も、多くの人間にとってはただの時間に過ぎなかったのである。

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