第34話
だがラビも負けじと、無数の魔法を光弾の形にして撃ち出してくる。
「マジックAIッ!!
ゲオルギウス学園の跳ね橋の周囲には、湖面の上には、ありとあらゆる物理法則が出現する。
この世に存在する全ての物資が生成され、爆発も凍結もプラズマも衝撃波も電磁波も時空の歪みも発生し、まるで宇宙創成の瞬間か、あるいは世界が終わる日のような、壮絶な光景が繰り広げられる。
だが世界は終わらない。俺の後ろにいるオルアナや、生徒達の人生も、ここで終わったりなどしない。
楽曲がクライマックスに向かう指揮者さながら腕を振るい、戦っているラビもそうだ。絶対に生かして捕らえる。殺したりはしない。裏庭で戦った帝国の二人にだって、本来なら自殺なんてしてほしくなかった。
戦争の時も、本当は、できるなら誰も殺したくなかったし、誰も殺さないでほしかった。
(あぁ……そうか……)
全てを察した。俺は、俺の目の前で、もう誰にも死んでほしくないんだ。
俺を拾ってくれた教会の神父も、強盗に連れ去られた孤児達も、今も笑顔で生きていれば良かったのに。
『ロビン……お前さ……。お前は、生きろよな……。長生きして、ベッドの上で、死ね……』
誰よりも、ケシィに死なないでほしかった。これからもアイツと一緒に、生きたかった。
『……英雄になんて、ならなくて良いから……。私は、ただ……あの子に……。生きて……帰ってきて、欲しかったなぁ……』
ミリィさんだって同じ想いだった。無事に帰ってくれば、それだけで良かったんだ。
『ロビン。私のことは良いのよ。貴方は、貴方の人生を生きなさい』
イヨ婆ちゃんを車椅子に乗せて、庭の桜を見せてやりたかった。
けどイヨ婆ちゃんも、俺が健康に生きることを願って、そればかり心配していた。
『そんなに難しい顔しないでよ、プーちゃん。私……プーちゃんには笑顔でいてほしいから』
学園への就職やら昼飯やら、さんざん世話してくれたレットも、見返りなんて求めなかった。
幼馴染として、最後に残された親友として、仏頂面な俺が笑って過ごせる日々を願っているのだろう。
『たとえ他の貴族や企業に負けてしまっても、宮廷魔導士になれなくても……。母親からすれば、あの子にはただ健康で、笑顔でいてくれたら、それで良いんです』
オルアナの母のマーカス夫人も、イヨ婆ちゃんやミリィさんと同じだった。
俺は何度も、同じような言葉を聞いていたのに。どうしてこんなに、気付くのに時間がかかったんだろう。
『……だがとにかく俺は、アンタに命を救われた。俺だけじゃない。俺の嫁さんや、娘の未来も守ってくれたんだ。生き残った連中は全員アンタ達に感謝してるよ。なんだかアンタも大変そうだが……まぁ、元気にやってくれ。それだけで良いんだ。それが一番良いに決まってる』
酒場で出会った、片足のない退役兵。彼こそが、一番分かりやすく真理を教えてくれたじゃないか。
生きてさえいれば、それこそが何物にも代えがたい幸福なんだ。
俺は彼を守ることができて、彼に感謝されて、本当は凄く嬉しかった。
だが守りきれなかった戦友も多いから、複雑な気分になって、酒を飲みすぎた。
「撃ち殺せ、マジックAI! カノン平原の英雄への、リベンジマッチだ!!」
「踏ん張れよ、マジック・アイ……! 俺の魔力なら、いくらでもくれてやる!!」
俺は今までに、自分を『英雄だ』なんて他人に名乗ったことは一度もない。
しかし宮廷魔導士になれず、自分が何者であるかを、胸を張って他者に紹介できなかった。
……でも、そうだ……! そんなことは、どうだって良いんだ。
誰も……! 誰一人だって「お前は宮廷魔導士になれ」なんて言わなかった。そうだ、誰もそんなこと望んでいなかった。そうだろ、オルアナ。
勝手に背負いこんで、そうしなきゃいけないと重荷に感じて、『そうじゃなきゃ意味がない』と、思い込んでいただけだった。
「ぐッ、ゥおおおおっ……!!」
もうじき魔力が尽きる。そろそろ腕が上がらねぇ。指も上手く動かん。生徒達も限界に近い。
あらゆる物質や現象や法則が入り乱れ、無数の光弾が飛び交う橋の上で――それでも、生徒達は俺の名を叫ぶ。大声で呼んでくれる。俺が何者であるかを、教えてくれた。
「ロビン先生!!」
「クリストファー先生ーっ!!」
「先生ぇえええっ!!」
その声もだんだん、遠くなってくる。ぼんやりしか聞こえない。視界も霞んできた。
だがそんな俺の腰に細い腕を回し、強く抱きしめてくるオルアナの体温は、ハッキリ感じる。
そして彼女の叫ぶ声だけは、俺の耳へと――魂にまで届いた。
「負けないで!! ロビン先生ぇぇえええーーーっ!!!」
オルアナ……。お前も、俺をそう呼んでくれるんだな。
『婆ちゃん……。俺……何したら良いのか、何になれば良いのか……。もう、分かんないよ』
イヨ婆ちゃん……っ! ケシィ……!! 死んでいった、戦友の皆!!!
「マジック・アイ!! オーバーヒートぉぉぉぉぉおおおおおおおっっ!!!!!」
――俺、魔法の先生になったよ!!!
出力全開。
だが左目が、顔面の左側には、焼け付くような熱さが襲う。
うるせえ。知らねぇ。構うもんか。カノン平原で、砲弾の破片が眼球に突き刺さった時の方が、遥かに痛くて熱かった。
ラビとマジックAIによる光弾の数を、勢いを、俺と俺の
徐々に解析が進み、鎧の騎士団を全滅させ、確実に勝利へ近づいていった。
「ぅぅぅうううううおおおおおおおおおっっっ!!!!!」
「うぁあああああああああああああああっっっ!!!!!」
そして――ついに、全ての光弾が、完全に相殺された。
訪れる、一瞬の静寂。
時が止まったような世界で、驚愕に見開くラビの目と、俺の両目がかち合う。
俺は、鎧騎士達の残骸が無数に散らばる跳ね橋を――ただ一直線に、走り出した。
「!?」
ラビは面食らった顔になり、俺の腰から手を離したオルアナも「ロビン先生っ!」と叫ぶ。
だが構わず走り抜ける。そして拳を固く握り、その拳の前方に、魔法陣を浮かび上がらせた。
「まだ隠し玉があるのか!? 解析しろマジックAI!!」
その間も、距離を詰めていく。脇目もふらず、全力疾走で。
足は千切れそうで、肺も心臓も破裂しそうだ。
ラビに届くまで、遥か長い道のりに感じたが――ケシィや仲間達と共に戦場を駆け抜けた、いつかの日を、彼らの声を、思い出していた。
『行くぜロビン! オレらなら、誰にも負けないっての!』
『遅れるなよクリストファー伍長!』
『ロビンさん! 貴方が吸ってる煙草、今度僕にもコッソリ試させてくださいよ!』
『勝とうぜクリストファー! 生きて帰ったら、美人や可愛い子ちゃん達にモテモテだぜ!』
『走れ走れ! 俺らの勝利と栄光は、この地獄を走り抜けた先にしかねぇのさロビン!』
その声や、おぼろげに姿が見える幻影や、思い出すらも。駆け抜けた後方へと、置き去りにして。
跳ね橋を走りきって拳を握り、ラビへと飛び掛かった。
「どうして解析できん! マジックAI!!!」
これは俺とケシィのとっておきだ。分かるはずがねぇ。
戦場で「お前だから教えるんだぜロビン。墓まで持っていけよ」と聞かされた時は、俺も心底呆れたけど。
『……魔法使いってさ、なんか妙にプライド高いだろ? 相手の魔法を見極めて、やたら反対の属性で打ち消そうとするじゃん。つまり、常に待ちの姿勢なんだよ』
だから俺は、握った拳に『デタラメな魔法構成式』を書き込んだ。解析なんて、できるはずない。
悪戯好きなガキの、相棒の考えたオリジナル言語なんだから。
どれだけ学習しようと、人智を超えた
「――『
ラビの横っ面を、整った顔面を、思いっっきりブン殴る。
八大属性でも魔法ですらない、ただのグーパン。
解析が間に合わず、咄嗟に攻撃魔法へと切り替えようとしていたラビだったが、もう遅い。
間に合わず、モロに殴打を喰らって、城門の方まで吹っ飛んでいった。
拳の魔法陣なんて無視して、初級でも何でも良いから、攻撃を撃ち込めば良かったのに。
……まぁ、だからこそケシィは「盲点を突くってやつよ」と、自信たっぷりだったんだ。
「がッ、は……!」
仰向けに倒れたラビ。全身が痙攣しており、再び攻撃してくる気配はない。
そして俺は握った拳を、腕を掲げて、勝利を示す。
すると――橋の上で倒れていた生徒達からは、歓声や安堵の息、感謝の言葉が飛んできた。
「……ケシィ……。今度は、守れたぜ……」
上空を見上げると、壮絶な魔法勝負の影響か、夜空には雲ひとつなかった。満月の光が、柔らかく降り注いでいる。
そんな空模様より、生徒達の無事を確かめようと、橋を戻って行こうとしたら――俺と同じく体力も魔力もカラカラだろうに、オルアナが胸へと飛び込んできた。
そして両腕を俺の胴体へ回して抱きしめ、顔を埋めてくる。
「うぉ……っと! オ、オルアナ!?」
まさかあのオルアナが、こんな大胆な行動に出るだなんて。予想も分析もしてなかった。完全に、盲点を突かれたってやつだ。
「良かった……! ロビン先生が、無事でっ……! お父様やお兄様みたいになったら、どうしようかと……!」
あぁ……そういうことか。
大切な人を失くし、その悲しみやトラウマを抱えているのは、俺だけじゃないんだ。
「……俺も良かったよ。お前が、お前達が無事で何よりだ」
そうして『残された者同士』である俺は、オルアナの頭をぽんぽんと撫でてやった。
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