第33話

 炎上するゲオルギウス学園の跳ね橋。


 しかし俺の背後にいる生徒達は、オルアナも含めて全員が無傷だった。


「……!?」


 ラビは驚愕に目を見開いている。

 空爆魔法はそのあまりの強力さ故に、未だに対抗魔法が開発されていない。

 なのにそれを防いだ俺を、左目の眼帯が吹き飛んだだけの俺を見て、信じられないといった表情を浮かべていた。


「……ね、狙いが外れたのか? なら、もう一発だ……!」


 再び、上空に巨大な魔法陣を描き出す。

 本来なら、十人近い魔法使い達が、数時間かけて構築するほどの魔法なのに。それをラビは単身で、マジックAIによって数秒で完成させてみせた。


 だが――パリン、と割れる音がして。


 上空の魔法陣は、粉々に崩壊してしまった。


「馬鹿なッ!? どうしてだ……!? まさか、貴様……!!」


 俺の裾を掴んでいるオルアナも同じく、信じられないといった声で呟いた。


「……貴方も……。……『マジックAI』を……!?」


 振り向いて、安心させるように微笑んでみせる。


「正解だ。首席合格者くん」


 だがラビは現実を受け入れられないのか、取り乱した様子で喚き出した。


「ありえん! これだけの超技術、世界に二つと存在しないはず! それに貴様は、どこに隠し持っていたと言うんだ!? 同部屋だったが球体状の物体など、どこにもなかっ……!」


 俺が部屋を留守にしている間に、物色していたのか。イケメンだからって何でもは許されないぞ。


「……いや……。球体……? 球……。……『眼球』……!?」


 左目の瞼を、ゆっくりと開く。


 常に眼帯をしていた左目には――カノン平原で砲弾の破片が目に入ってしまい、潰されたことで生まれた空洞には――が、宿っていた。


「貴様ァァあああああっ! 貴様も、マジックAIを開発していたのか!!」


「ちょっと違う。似ているが、コレは……『魔眼マジック・アイ』ってところかな」


魔眼マジック・アイ、だと……!?」


 この学園に来て、学園長先生にマジックAIを見せられて、俺は本当に心底驚いたんだ。


 ――まさか、俺と同じ発想をしている研究者人間が、エリート校の職員にいただなんて。


「……マジック・アイを宮廷魔導士試験に提出するはずだったが、未完成でお披露目できなかった。その結果、ラストイヤーも落ちてしまったが……。最近になって、ようやく最終調整が終わったんだ。何せ、『完成形』を直接見させてもらったんだからな」


 膨大な量の魔法陣は、何千万という円の集合体は、眼球の姿を形作る。


 青白い左目と黒い右目で見つめる先、ラビの顔は、驚愕と焦りに染まっていた。


「……ならば、どちらの性能が上か! 確かめようではないか!」


 しかしすぐに不敵な笑みを取り戻すと、両腕を広げ、鎧の騎士達へ進軍を命じた。


「俺が勝ったらその左目も抉り取って、帝国に持ち帰ってやる!!」


 マジックAIから何十発と降り注ぐ、色とりどりの光弾。各属性の魔法を凝縮した、魔法弾ってところか。


 俺はそれを魔眼マジック・アイで解析し、正反対の魔法を生成する。

 そして指先で魔法陣を描き、赤や青や緑や黄色の光弾として次々に撃ち出し、相殺しながら鎧騎士達も撃破していく。


 しかし――『限界』は、僅か数秒で訪れる。


「ごはッ……! げふっ、ごほッ!!」


 口から大量の血を吐き出す。片膝をつきそうになり、視界が一気にブレる。


「……!? ……くはははっ! たった一人分の魔力で、人工魔法知能を使用するからだ!」


 ラビの言う通り。マジックAIも魔眼も、その実力スペックを最大限に引き出そうとすると、何百人分もの膨大な魔力が必要となる。


 だが歯を食いしばって踏ん張って、まるでオーケストラの指揮者のように腕と指を動かし、襲い掛かる無数の光弾を捌き続けていく。


「辛いだろうに、苦しいだろうに! どうしてそこまでするんです、クリストファー先生!」


 ラビも腕を振るい指先で魔法陣を描き、笑いながら煽ってくる。

 だがその言葉は、ほとんど耳に入ってこない。


 脳内では、先程のテントでの――オルアナとの会話を思い出していた。



『貴方はどうして、そこまでするの? 私だけじゃなく、他の生徒にも。結局は他人でしょう? 三年もすれば卒業して、二度と会わないかもしれない』



 吐血が止まらない。鼻血も流れてくる。右目が充血し、ぶっ倒れそうになる。


 それでも尚、全盛期を過ぎた肉体を叱責し、舞うように腕を振るって光弾を撃ち続け、オルアナに告げたのと、ほぼ同じ言葉で返す。


「――俺が! コイツらの、担任の先生だからだよ!!」


「教師としての矜持か! だが貴様の教え子は、この場から一人も生きては帰さん!!」


「いいや、帰すさ! 無事に、学園に……!! 生きて家に帰るまでが、遠足だ!!!」


 俺はアイツを、相棒ケシィ養母ミリィさんのもとへ帰すことができなかった。多くの戦友も失った。


 だけど、だからこそ……! 今度は誰も死なせない。全員無事に帰してみせる。


 死に損なったのなら――せめて、今ここにある命を繋ぐんだ!


「ぐゥッ……!」


 だが決意とは裏腹に、体力と魔力はどんどん削られていく。魔眼による負荷が大きすぎる。


 そして倒れそうになると――背後のオルアナが、俺の腰に両腕を回して抱き寄せ、支えてくれた。


「オルアナ……!?」


「前を向いて。保健室で貴方に分けて貰った分を……。借りを、返すだけよ……!」


 へその下辺りから、じんわりと温かいものが溢れてくる。

 オルアナの魔力だ。俺と同じ――生まれながらの、火属性の魔力を感じた。全身へと、温もりが広がる。


 更に、オルアナ以外の温かさ魔力も感じた。


「クリストファー先生っ! 僕の魔力も使ってくれ!」


「ゼッテェ負けんじゃねぇぞぉおおお!」


「ロビン先生! 私まだ、教えて欲しいことがたくさんあるの!!」


「先生っ……!」「小説が完結するまで、お互い死ぬわけにはいかねぇよなァ!?」


「ロビンせんせーっ! アタシ、信じてるから!!」


 テイモン、ピーター、バンビエッタ、ルゥ、ティナー……。それ以外の生徒達も、僅かな余力を振り絞り、魔法陣を描いて、俺の背中へと魔力を注いでくれる。


 ビショップクラスだけじゃなく、ルークもナイトもポーンクラスの生徒達も希望を託し、縋るような視線と共に、各属性の魔力を送ってくれた。


 俺は『託された者』だ。彼らの未来を。夢と希望と人生を。彼らの親達からも預かっている。


 そして、俺を信じて魔力を分けてくれる生徒達がいるから――まだ、もう少しだけ戦える。


「――魔眼マジック・アイ完全起動スタートアップ


 上空に描き出される魔法陣。だがその形状は『円』ではなく、『四角形』だった。


「チェス盤……!?」


 ラビの怪訝そうな瞳が、8×8マスの魔法陣に注がれる。


 そしてまず、右端に『黒い光』が灯る。この夜の、闇を集める。


「……何をする気だ、貴様!」


 同時並行処理で、マジックAIからの攻撃光弾と鎧騎士を撃ち落とし、今日までの八年間を回想する。



『うーん、その新魔法のアイデアは悪くないけど、ちょっと実用性がないですね』


『あ。それと似たような魔法、数年前に開発されていますよ。というか、それで合格したのが私です』


『なんかねぇ……知識と技術はあるけど、それだけっていうか。尖ったのが見たいんですよ、コッチは』


 宮廷魔導士試験の実技を担当した、八人の面接官達。あの人達に、魔眼を見せてやりたい。


 黒い光の隣に、横のマスに白い光が灯る。春の嵐が巻き起こす稲妻の、雷光を集める。


 黄色と、緑と、水色の光も灯る。この嵐の雷と、暴風と、雨雲の中のを集める。


「解析しろマジックAI! 何もさせるな!! そしてガキ共ごと、殺せぇええっ!!」


 無駄だ。茶色い光が灯る。湖をぐるりと囲む雄大な大地の、その土を集める。


「青春を謳歌する権利は……! 全ての若者に、平等に与えられている!! その権利を侵害する奴は、誰であろうと俺が……ッ! 『俺達』の魔法が、ブッ飛ばす!!!」


 残すは水と火。


 しかしそれに気付いたラビは上空に手をかざし、空爆魔法で周囲の雨雲を吹き飛ばしてみせた。

 更には湖の水すらも、全て凍り付かせてみせた。


「どうだ! 天候を支配し地形すらも変えてしまう、コレこそがマジックAIの真髄! 貴様がどんな小細工を仕込もうと、全ての魔法を学習した知能には、勝てないんだよ!!」


「……全ての魔法を、学習……?」


 何言ってやがる。そんなはずねぇ。そうじゃなきゃ、俺の魔法なんてとうに分解されている。


「えぇい、何をモタついているマジックAI! 早く解析しろ!!」


 瀕死の教師と生徒を仕留めるだけのはずが、光弾は次々に相殺され、騎士の軍勢も既に半壊状態。相当にイラついているようだ。


「どんな魔法だろうと、数百万パターンだろうと、解析・実行できるはずなのに!」


「――それじゃ足りねぇ」


 その言葉にラビは、背後で俺を支えるオルアナも、驚いたようだった。


「俺の『魔眼』は……! 外国の魔法も古代の呪術も、そして何より……! 宮廷魔導士試験に提出されたが採用されなかった魔法達も、その全部を学習ラーニングさせている!!」


 それこそが、マジックAIと魔眼マジック・アイの、最大かつ決定的な違い。


 だからマジックAIは解析に時間がかかっているのだろう。魔法大全に収録されるような、『正規』の魔法だけがインプットされているせいだ。


「この世にある魔法は、それだけじゃない……! 日の目を見なかった魔法が、誰にも認められなかった血と汗と涙の結晶が……! 応募したけど採用されなかった作品達が!! 誰も知らないそれぞれの人生が、彼らが生み出した日常魔法で、世界は満ち溢れているんだ!!!」


 俺は、俺の八年間を無駄にしたくなかった。


 そして俺の時間だけじゃなく、俺と同じように試験に挑んだが敗れていった者達の悲しみも、勝手に背負ってやりたかった。


 その発想から生まれたのが、『全ての魔法を学習する魔法』――魔眼マジック・アイ


 膨大な量の書物を買い集め、古本を漁り、日の目を見ず取り零された魔法すらも、可能な限り拾い集めた。

 試験の不合格者達の家を一軒一軒訪ねて、「馬鹿にしているのか」と怒鳴られても頭を下げ、もう一度だけ研究や見直しを行って、ラーニングさせた。


 俺はただ、俺や彼らの努力を、宮廷魔導士を夢見て志した日々を、『なかったこと』にしたくなかったんだ。


「もういいマジックAI! 水と火を完全に封じる!!」


 雨雲を吹き飛ばし、湖の水を瞬時に凍結させたラビ。

 春先なのに、まるで雪でも降ったかのような、氷の華が周囲に舞い散っている。


 アイツが死んだ日も、凍えるほど寒かった。ケシィは死んで、もう生き返らない。


 ……だけど……! 消え去った命も、死によって『最初からいなかった』ことにはならない。その人が過ごした日々まで消え去るわけじゃない。俺は今も、全部覚えている。


 アイツと過ごした時間を……! アイツがくれたサンドイッチの味を! あの笑顔を!!



『オレ、この戦争が終わったらさ……。お前と結婚しようと思うんだ』



 あぁ、相棒。記憶の中のお前は、今も十七歳のままだ。変わらない笑顔で、美しい思い出になった。


 でも……もう一度だけ、お前に会いてぇなぁ。


 俺、二十六歳になったんだぜ。


「ケシィ……っ!」


 両目から、涙が溢れる。


 ケシィが死んだ時も、イヨ婆ちゃんが亡くなった朝も、決して泣かなかった俺の瞳から。

 青白く光る魔眼からも、大粒の『水滴』が次々に、止めどなく流れてきた。


 魔法陣のチェス盤に、青い光が灯る。最後に残すのは、火属性魔法。


「うぉおおおおおおっ! マジックAIぃぃぃぃいいいっ!!」


 ラビは凍った湖畔を氷魔法で分断させ、その巨大な割れ目から、大量の水を俺へと噴きつけてきた。


「一体何を企んでいるんだ、貴様ぁぁあああッ!!!」


 さぁ、仕上げだ。


 ずぶ濡れの服の中から、懐から、没収して保管しておいたままの『オイルライター』を取り出す。


「あっ! アタシのライター!?」


 後方で倒れつつも驚くティナーの声を、聞いた直後。

 蓋を開けて、ライターに火を点けた。


 そうだ、心にも着火しろ……! 俺の属性は『火』だ!


 昔から似合わないと思っていた。情熱的でも陽気な性格でもない。氷とか闇じゃないのかって、疑問に思い続けていた。


 だが、俺は、そうだ……。ずっと、燃え盛る炎のように生きたかった。


 今からでも遅くはない。心を燃やせ。命を燃やせ……! 八年も燻ぶった魂を、再点火しろ!

 その火は誰かを温め、未来へ進む道を照らす。理不尽を焼き尽くす。心の隙間を抜ける寒風を打ち消し、新たな命を芽吹かせる……!


「『何を企んでいる』だと……? 決まってる……! ラビ先生、アンタに勝つんだよ!」


 ライターから爆炎が巻き起こり、その火炎は――両目から溢れる涙を、蒸発させた。


 決意を込めて、ラビを見据える。赤い光が灯る。

 これで八種類の色が揃った。準備、完了だ。


「積み重ねてきた無駄な努力! 実らなかった忍耐の日々! 砕けちまった夢の残骸! 負けに負けて負け続けてきた俺の八年が……っ! 『俺達』の不合格の歴史が!! へし折れた心が!!! 今ここでお前を倒すって、言ってんだぁぁぁあああああっ!!!!!」


 上辺の8マスが全て埋まり、同時に、左辺の8マスにもそれぞれの色が点灯した。


「まさか……! 8×8の魔法……! 64種類の魔法を同時に扱うとでも!?」


「不正解だよ、ラビ先生!!」


 意外と察しが悪いな。マジックAIが数百万パターンを解析できるのに、そんなわけがない。


「『8の8乗』で……『1677万7216 通り』の魔法だ」


 チェス盤を模した魔法陣の周囲に、魔力で形作られた、僧侶と兵士と騎士と戦車と女王と王が現れる。

 彼らは無数の魔法を操り、未だ誰も解明や開発できなかった『五重魔法』や『六重魔法』を撃ち出して、鎧の軍勢を叩き潰していく。


 これが俺の、八年分の苦汁と辛酸の成果だ――!


「『エイト・マジック・クリエイト』!!!」

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