第23話

 四時間目の授業を終えたが、俺は陰鬱な気持ちだった。


 昼休みに学園長から呼び出されているのが原因ではない。クラス内の問題に関して、だ。


 大半の生徒達は、真面目に講義を受けてくれている。

 ティナーが授業中に化粧を直したり、前の休み時間で小競り合いをしたピーターとテイモンが『昼休みに魔法勝負をしよう』と取り決めていて、それらを注意したりはあった。だがその他の点では、概ね問題なかった。


 問題は――オルアナが、授業とは全く関係のない科目の勉強に、取り組んでいた件についてだ。

 開いている教科書も違うし、ノートには三年生がやるような構成式を書き込んでいた。


 それに気付いて注意したところ、「貴方が今からやろうとしている授業内容は、全て理解しているわ。それに練習問題も、とっくに解き終わってるから」とか言ってきやがった。

 そういう問題じゃないっての。それに『貴方』じゃなくて『先生』だろ。 

 だがどれだけ強く注意しても聞く耳持たずであり、オルアナだけに構ってもいられないので、授業を続行した。


 大貴族の令嬢とはいえ……成績トップの首席合格者だろうと、オルアナが一番の問題児だ。

 どうやってアイツと信頼関係を築けば良いのか、全く分からん。呼び出されたついでに、学園長先生に相談してみようか。


 そう考えながら、昼休みになるとラビ先生の伝言通り、円卓の間へと向かった。


 しかしそこに学園長の姿はなく、代わりに部屋の中で魔力の流れを感知した。目を凝らすと、天井付近に「学園地下へ来るように」という、学園長の魔力による隠しメッセージが浮かんでいた。


 どうしてこんな手の込んだことを……? と思いつつも長い階段を下り、地下室へ続く大きな扉を開ける。


 その瞬間――鎧の騎士が、右目の視界に飛び込んできた。


「うぉおっ!?」


 思わず仰け反り、攻撃用の魔導陣を咄嗟に描き出す。


 だがその騎士は、別塔で俺やルゥを襲った時みたいに、ひとりでに動いたりはしなかった。


「ほっほっほ。それはただの甲冑ですよ。安心なさい」


 剣や槍を握って、何十体もズラリと並んでいる鎧騎士達に、心臓が跳ね上がった。

 だが扉の向こうにいた学園長の朗らかな声で、警戒と魔法陣を解く。


 地下室――学園地下の『禁書庫』は、上階にある図書館と違って、生徒達や教師が自由に出入りすることはできない。魔法の中でも特別に扱いが難しい禁術や、『呪い』とすら呼ばれる術式に関する書物が貯蔵されているからだ。


 しかしそんな物騒な文献や本棚、壁際に飾られた無骨な甲冑達に囲まれる学園長は、いつも通りニコニコしていた。


「お、驚きました……」


「初日にクリストファー先生を別塔で襲った騎士とやらは、この鎧と同じ姿形モデルでしたかな」


「えぇ、まぁ……」


「これらの甲冑は、かつての覇王ユリウス・ガイセリック様に仕える騎士団が着用していたものです」


 なるほど、ならばかなりの骨董品だろう。

 ……やはり学園の内部にいる『誰か』が、覇王軍の兵士の古い鎧を利用して、敷地内にある『何か』を探していたんだ。


「それで学園長先生……。私に用事とは?」


 雑談もそこそこに、禁書庫ココへ呼ばれた理由を聞いてみる。鎧の騎士や、裏庭にいた不審者達に関する、新しい情報が入ったのだろうか。


 すると学園長は、枯れ枝のような杖を、何もない空間に向かって軽く振るった。


「『ブラインド・エンド』」


 学園長は『隠匿の魔法』を解除する。

 光魔法の一種で、光の屈折率を変化させることにより、対象を透明に見せかける魔法だ。


 だが――この国では生徒であろうと学園の教師だろうと、宮廷魔導士であっても使用は固く禁じられている。未成年喫煙どころのレベルじゃない。重大な法律違反。禁術中の禁術だ。

 ここが学園内であるから、誰も目撃はしていない。しかし公共の場や、魔法省の人間がいる前で使ったら、一発で牢獄送りだろう。

 そんな違法の魔術を、学園長は平気で使ってみせた。


 そして、それほどまでして隠す『物体』を、露わにした。


「な……!」


 俺の目の前に現れたのは、巨大な『球』だった。


 風船などより遥かに大きく、人間が中にすっぽり収まっても、窮屈しないと思えるサイズ。

 宙に浮かぶ青白い、それでいて透き通った光る球体。

 まるで月光に照らされた夜の海を、ボール状に押し固めたかのような美しさだった。幻想的な光が、内部でゆらゆらと揺れ動いている。


「こ、これは……。……驚いた……」


「ほう。クリストファー先生。これが何か、お分かりですかな?」


 俺は学園長を右目で見つめ、簡単な魔法陣を指先で、空中に小さく描いた。


「……魔法陣は『円』です。そして『円』とは、細い線をぐるりと一周させたもの。それらの線を幾重にも……何千、何万と重ならないよう組み合わせていけば、やがて『円』は『球』となる。学園長がお見せになったは……。無限小に細い魔法陣の線を、膨大な量の魔法陣を、複合させて球体状としたものです。二重魔法や三重魔法を遥かに凌駕している」


「御名答。流石ですな。やはり貴方は、私の見込んだ通りだった」


 褒めながら笑った学園長は、すぐに真面目な顔付きになると、この魔法陣の集合体を説明し始めた。


「『これ』は我が校の優秀な研究者達により開発された、『自ら魔法を学習する魔法』です」


「魔法を、自己学習……」


「名を仮に……『Magic Artificial Intelligence【人工魔法知能】』――『マジックAI』としています。古今東西のあらゆる魔法を深層学習ディープラーニングさせ、円が球となるほどの魔法陣を自ら描き出し……しかも魔法陣の数は日に日に、指数関数的に増えています」


 俺は言葉も出せずにいた。こんなことが……あるんだな。


「このマジックAIにかかれば、天才と呼ばれる魔法使い達が生涯を懸けて生み出した魔法も、たった数時間で解明され、あらゆる状況に対応した魔法も発動可能となるでしょう」


「……世紀の大発明ですね。自動車や飛行船どころの騒ぎじゃない」


「いいえ、ですが未完成です。魔法はまだまだ、未知の部分の方が多い。深淵なる宇宙ですからな」


 世界の真理と同じだ。人類が理解している現象や法則なんて、ごく一部に過ぎない。


「……しかし何故、これを俺に見せたんですか?」


「クリストファー先生が報告なされた、動く鎧の騎士や謎の侵入者達。ここ数日の調査や議論で、その者達の狙いが恐らくコレではないか……と、そう結論付けたのです」


「マジックAIを……」


 充分に有り得るだろう。

 ただ――無警戒にも程がある。不安になるほど甘い優しいな。


「……もしかすると俺も、マジックAIを狙う一味の人間だと、疑わなかったのですか?」


 少し悪っぽい顔で質問すると、学園長は目をぱちくり開き、次に肩を揺らして笑い始めた。


「ほっほっほ。潜入者がわざわざ『怪しい奴がいたぞ』とは報告せんでしょう。黙っていれば良いのですから。それに、初めて見るマジックAIを前にして、貴方は素直に驚いていた。……まぁ仮に、それら全てが演技で、コレを今この場で奪おうとすれば、私が貴方を仕留めていますしな。問題はありません」


 サラッと凄いこと言ったな、この爺さん。俺みたいな小童に、負ける気は微塵もないと。

 自信や自負ではなく、単なる『事実』として認識している。それ自体が、最強の警備ってわけか。


「ここからが本題です。もし学園内で何か異変が起きた時、その場合は即座に、この部屋に来てください。そして私が信用している他の教師達と共に、コレを護って頂きたい」


「……自分の生徒達に危険が及んでも、ですか?」


「有事の際は、ラビ先生にビショップクラスの安全も確保するよう、お願いしています」


 つまりラビ先生も信用されている側の教師、ということか。

 まぁあのイケメンになら、俺も俺の生徒達も安心して任せられる。


「つい先日、南の帝国で反政府勢力が大勢捕まったばかりです。未だ、継戦を望む者達ですな」


「……そうですか」


 まだ戦争がしたいってのか。敗戦国になって、生活は苦しいのだろう。

 だが再び戦争を起こしたところで、何の意味もない。もう誰も死ななくて良い世界が、せっかく訪れたってのに。


「ところで。ピショップクラスの生徒達は、貴方を信頼し始めているらしいですな」


「いえ……まだまだ、言うことを聞いてくれない生徒も多いです。悩みっぱなしですよ」


 特にオルアナとか。それを相談しようかと思ったら――学園長は俺の肩へ、皺だらけの両手を置いて、真っすぐに右目を見つめてきた。


「生きるということは、悩み続けることでもあります。生徒達と共に悩み、迷い、それでも自分の進むべき道を決めると良いでしょう。貴方は教師になったばかり。何故教師になったのか、どうしたいのか……それを己の心に問い続けていれば、きっと大丈夫です」


 学園長はそう言って、微笑んでくれた。


 だが、どうして教師になったのかなんて――そんなの、ただの流れでしかない。レットに誘われ、他に行き場もなかったら、ゲオルギウス学園に来ただけだ。


 そして自分が何をしたいのか、どんな教師になりたいかなんてのも、未だに答えは出ていない。


 俺は何がしたくて、何になりたいんだろうか。

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